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ミライのヘルスケア

次世代エネルギーは、循環器病や新型コロナにも!水素ガス治療の可能性

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監修/佐野 元昭先生(慶應義塾大学医学部循環器内科准教授)

二酸化炭素を排出しない水素自動車など、次世代のエネルギーとして注目されている水素。医療の分野でも、治療に活用できないか研究が進められています。水素には抗酸化作用や抗炎症作用などがあることが明らかになっており、将来的にさまざまな病気の治療に活用されることが期待されています。水素ガス治療に関する最新の研究成果について、慶應義塾大学医学部循環器内科准教授の佐野元昭先生に伺いました。

活性酸素を除去する作用に期待が集まる

もともと水素は、体に効果も害も与えないものと思われていました。しかし、2007年に、動物モデルを使った実験で水素が活性酸素を除去したという論文が発表された※1ことを皮切りに、研究が盛んになっています。活性酸素による酸化ストレスは、老化やがん、心血管疾患、脳卒中、生活習慣病など、さまざまな病態と関連することが知られており※2、その対策として、幅広い領域で水素の抗酸化作用を活用できるようになることが期待されます。また、水素には炎症やアレルギーを抑制する作用があることも分かっています※3

水素によって期待される作用 ・抗酸化作用・抗炎症作用・抗アレルギー作用

水素は、体の中では、腸内細菌によって産生されていますが、治療への活用を検討する場合は、体の外から摂取することになります。吸入、飲用、入浴(経皮吸収)などさまざまな摂取経路が考えられますが、肺から水素を吸入する方法ではヒトにおける効果が検討されています※4,5。また、細胞毒性がないことも、水素の特徴の一つです※3,6

水素は可燃性ガスであり、酸素と反応することで爆発する性質があります。しかし、爆発のリスクが高まる水素濃度は4%以上とされています※7。これまでの研究では、2%以下の低い水素濃度でも健康に対する効果が得られているため※1,4、使用しやすいと考えられます。

※1:Ohsawa I et al. Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals. Nat Med 13: 688-694 (2007)
※2:厚生労働省e-ヘルスネット「活性酸素と酸化ストレス」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-04-003.html(2023年1月26日閲覧)
※3:太田成男「水素医学の創始、展開、今後の可能性:広範な疾患に対する分子状水素の予防ならびに治療の臨床応用へ向かって」生化学87(1):82-90(2015)
※4:Katsumata Y et al. The Effects of Hydrogen Gas Inhalation on Adverse Left Ventricular Remodeling After Percutaneous Coronary Intervention for ST-Elevated Myocardial Infarction ― First Pilot Study in Humans ―. Circulation Journal 81 (7): 940-947 (2017)
※5:Tamura T et al. Hydrogen Gas Inhalation Improves Neurologically Intact Survival After Out-of-hospital Cardiac Arrest: HYBRID II Trial. Presented at American Heart Association Resuscitation Science Symposium 2022, November 6, 2022
※6:Abraini JH et al. Psychophysiological reactions in humans during an open sea dive to 500 m with a hydrogen-helium-oxygen mixture. J Appl Physiol, 76: 1113-1118 (1994)
※7:三宅淳巳「水素の爆発と安全性」水素エネルギーシステムVol.22 No.2: 9-17(1997)

循環器病に対する水素の有効性を検討

水素の効果は、これまでに多くの動物実験で示されてきましたが、ヒトでの効果を調べる臨床研究も進められています。佐野先生は、循環器領域における水素の有効性を研究しており、2008年には、動物実験において急性心筋梗塞の治療に水素が有効だったことを発表しました※8。心筋虚血再灌流障害を軽減して梗塞サイズを縮小する効果があったのです。この障害は、心臓の血管が詰まって血流が途絶えた後、血流が再開される際に活性酸素が発生して臓器が障害されるというもので、水素の活性酸素除去作用によって軽減したものと考えられます。2017年にはヒトでも、急性心筋梗塞の患者さんに水素ガスを吸入させると慢性期の心臓の機能に良い影響を及ぼし、心不全を抑制する効果があることが示されています※4

また、心停止後症候群に対する水素吸入についても、ヒトでの研究が進められています。心停止後症候群とは、病院の外で心拍が突然停止し、救急蘇生術によって心拍が再開した後に、脳をはじめとした臓器の機能が損なわれる状態のことです。ほとんどの方が亡くなってしまい、たとえ運よく命を長らえても、後遺症によって寝たきりになるケースもあります。これまでは、脳の損傷を最小限に抑えるために体温管理療法(低体温療法)が行われてきましたが、それでも社会復帰率は決して高くありませんでした。そこで、体温管理療法に加えて、2%の水素ガスを酸素に加えて18時間吸入を行った場合の効果を検討しました。既に動物実験では効果が実証されていますが、ヒトでも有効性が確認できれば、後遺症を減らし、患者さんの社会復帰を促進することが期待されています。2017年から2022年まで、国内15施設が参加した多施設共同二重盲検無作為化比較試験が行われ、病院外で心停止になり心肺蘇生で心臓の拍動は回復したものの意識が回復しない状態で水素ガス吸入を行うと、死亡率が下がり、意識回復後は後遺症を残さずに社会復帰する可能性を高めることが示されました※5

さらに最近では、新型コロナウイルス感染症に対する水素の効果も研究されています。中国では、新型コロナウイルスによる肺炎に対して、実際に水素吸入による治療が実施され、重症化予防効果があったことが報告されています※9。新型コロナウイルスに感染すると、好中球細胞外トラップ(NETs)という構造物が多く産生されますが、このNETsが肺の傷害や血栓の形成に関与することが分かっています。NETsは新型コロナウイルス感染症に限らず、炎症性疾患や自己免疫性疾患、血栓性疾患にも関連します。佐野先生らの研究では、水素吸入によってNETsの産生が抑制され、炎症が改善することが動物実験で明らかになりました※10

循環器領域における主な水素ガス治療研究

循環器領域における主な水素ガス治療研究の結果 2008年から2022年まで

※8:Hayashida K et al. Inhalation of hydrogen gas reduces infarct size in the rat model of myocardial ischemia-reperfusion injury. Biochem Biophys Res Commun; 373: 30-35 (2008)
※9:Guan WJ et al. Hydrogen/oxygen mixed gas inhalation improves disease severity and dyspnea in patients with Coronavirus disease 2019 in a recent multicenter, open-label clinical trial. J Thorac Dis 12(6):3448-3452 (2020)
※10:Shirakawa K et al. H2 Inhibits the Formation of Neutrophil Extracellular Traps. JACC: Basic to Translational Science 7 (2), 146-161 (2022)

実用化に向けて、さらなる研究と機器の開発が課題

多施設共同二重盲検無作為化比較試験により、心停止後症候群に対する水素ガス吸入治療の有効性と安全性が検討されました。しかし、まだどの医療機関でも水素ガス吸入治療が行える段階ではありません。今後の課題は、水素供給装置の開発を進め、さらに臨床試験を実施することです。

将来的には、心停止後症候群だけでなく、さまざまな病気に対して水素治療が活用されることが期待されます。

監修者プロフィール
佐野 元昭先生(慶應義塾大学医学部循環器内科准教授)

【佐野元昭(さの もとあき)先生プロフィール】

慶應義塾大学医学部循環器内科准教授
慶應義塾大学医学部卒業後、水戸赤十字病院、けいゆう病院などで経験を積んだ後、2000年より4年間Baylor医科大学循環器内科に勤務。帰国後、慶應義塾大学医学部循環器内科講師、病棟医長・副部長を経て、2013年に准教授に就任。日本循環器病学会、日本心不全学会、日本心臓病学会、日本脈管学会、日本抗加齢医学会、日本分子状水素医学生物学会など多数の学会で理事、社員、評議員を務める。日本心臓財団佐藤賞、日本心不全学会学術賞、日本脈管学会高安右人賞ほか多くの受賞歴をもつ。分野を超えて、常に新しい知見をインプットし、医療の発展のためのアウトプットに努めている。

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