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病気と医療の知って得する豆知識

注目の物質“エクソソーム”とは?医療における可能性と注意点

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監修/星野 歩子先生(東京大学 先端科学技術研究センター 細胞連関医科学分野 教授)

近年、化粧品や美容、再生医療といった分野で耳にする機会が増えた「エクソソーム」。そもそもエクソソームとはどのような物質で、どんな働きがあるのか、エクソソームの機能の解明を目指す東京大学 先端科学技術研究センター 細胞連関医科学分野 教授の星野歩子先生に伺いました。

※現時点において、エクソソーム試薬を含め、エクソソーム等と称する製品に、薬機法に基づく承認を受けた医薬品は存在しておりません。

そもそもエクソソームとは?

そもそもエクソソームとは?

日本人の2人に1人が一生のうちにがんと診断される※1時代、がんは誰にとっても身近な病気の一つです。がんの診断や治療は日進月歩で進んでおり、早期発見・早期治療で取り除くことができるケースも多くあります。

一方でまだ治療が困難とされているのが、転移により再発したがんです。この転移の予防につながる可能性がある物質として、近年注目されているのが「エクソソーム」です。

エクソソームとは、私たちの体にあるすべての細胞から産出されている小胞(しょうほう)です。小胞は脂質の膜に包まれた袋状の構造をしており、細胞の中に物質をため込んだり、細胞の内外へ物質を輸送したりする働きを担っています。

エクソソームは細胞外小胞の一つで、大きさは直径30~150ナノメートルです。ウイルスほどの微小な物質ですが、電子顕微鏡で見ると二重膜構造の小胞であることが確認できます。

エクソソームはもともと研究者の間では、細胞内の老廃物などを回収し、排出する“ごみ処理機能”として知られていました。いわば細胞から放出される“ごみ袋”のような存在であり、不要なものを体の外に出すという、健康を保つうえでとても大切な働きを持っています。実際、ヒトの尿の中にも排出されたエクソソームが多く存在しています。

2000年代以降はさらにエクソソームの研究が進み、現在では放出されたエクソソームがほかの細胞に取り込まれ、情報を伝達することで細胞間のコミュニケーションを担うことも分かっています。

※1:がん情報サービス 最新がん統計(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html)を2024年4月8日に参照

がんの転移にエクソソームが関わっている?

がんの転移にエクソソームが関わっている?

エクソソームは、細胞膜上のタンパク質を巻き込みながら形成され、その過程で細胞内のタンパク質や脂質などを包み込んでいきます。エクソソームの中には主に次のような物質が含まれています。

  • タンパク質
  • 脂質
  • DNA(核酸)
  • メッセンジャーRNA(細胞の核にあるDNAから情報を読み取り、細胞内でさまざまなタンパク質をつくらせる指令を出す物質)
  • マイクロRNA(メッセンジャーRNAの調整役で、がんの発生や抑制などに関わる)

エクソソームが細胞外に放出され全身を巡ることで、これらの物質の持つ情報がほかの細胞に取り込まれ、細胞間、さらには臓器間で情報のやり取りが行われます。ここで重要なのは、エクソソームが取り込まれる細胞はランダムに選ばれているのではなく、あらかじめ行き先が決まっているということです。

例えば、冒頭で触れたがんの転移については、がん細胞から放出されるエクソソームは、「未来転移先」と呼ばれるがんが転移する可能性のある臓器に取り込まれ、転移しやすい環境を形成していることが分かっています※2

エクソソームに含まれるタンパク質には行き先を示す郵便番号のようなバイオマーカーがあり、行き先があらかじめ決まっています。がんの治療をしている人の場合、そのマーカーを見つけ出し、がん細胞から放出されるエクソソームを転移先の臓器に取り込まれないようにすることで、がんの転移を阻止できる可能性があります。

また、エクソソームの行き先が決まっているということは、薬剤を体内の必要な場所にピンポイントで効率よく届けるドラッグデリバリーシステムにも有効だと考えられます。

※2:Costa-Silva,B.,Hoshino, A., et al. Pancreatic cancer exosomes initiate pre-metastatic niche formation in the liver. Nature Cell Biology. 2015Jun; 17(6): 816-826.(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25985394/
Hoshino et al., Nature 2015 ≪Nature.2015 Nov 19;527(7578):329-35. doi: 10.1038/nature15756. Epub 2015 Oct 2(https://www.nature.com/articles/nature15756
Rodrigues, Hoshino et al., Nature Cell Biology 2019≪Nature Cell Biology volume 21, pages1403–1412 (2019)≫(https://www.nature.com/articles/s41556-019-0404-4
Hoshino et al Cell 2020 ≪Cell.2020 Aug 20;182(4):1044-1061.e18. doi: 10.1016/j.cell.2020.07.009. Epub 2020 Aug 13. ≫(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32795414/)を2024年4月23日に参照

ただし、1つの細胞から放出されるエクソソームは単一ではなく多様と考えられています。放出されるさまざまなエクソソームの中のごく一部が、特定の細胞や臓器に取り込まれます。治療やドラッグデリバリーシステムにエクソソームを活用するためには、本当に届けたい細胞や臓器にだけ必要なエクソソームを抽出し、管理しなくてはなりません。

しかし、これは現実的には極めて難しい作業であり、仮に実現できたとしても多大なコストを要すると考えられます。生物学的にエクソソームを培養するよりも、人工的に単一のエクソソームをつくり出したほうが、医療への応用の幅が広がる可能性は高いといえます。とはいえ、実際に医療の現場にエクソソームが取り入れられるようになるまでには、今後も時間をかけて研究や検証を重ねていく必要があります。

がん以外の病気とエクソソームとの関連性

がん以外の病気とエクソソームとの関連性

がんだけでなく、さまざまな症状にエクソソームは関与しています。例えば、神経発達症(発達障害)の一つである自閉スペクトラム症は、生まれつきの脳の機能障害が要因だと考えられていますが、詳しいことは解明されていません。

しかし、自閉スペクトラム症の患者さんの血液を調べてみると、肝臓などほかの臓器と情報のやり取りをしている物質を多く含むエクソソームが見られるなど、別の要因も考えられ始めています。

多くはまだ研究の段階にありますが、病気のほとんどは特定の臓器などに局所的に生じるものではなく、細胞から放出されるエクソソームによって全身性の変化が起こり、そのうえで発症している可能性があります。

こうしたメカニズムを明らかにし、自閉スペクトラム症のほか、統合失調症、アルツハイマー型認知症、妊娠高血圧腎症などの現時点では予防や治療が難しいといわれる病気や症状に、エクソソームを応用することを目指しています。

自由診療の見極めは慎重に

自由診療の見極めは慎重に

近年では「エクソソーム注射」「エクソソーム点滴」などをうたった自由診療のクリニックも見受けられますが、2023年11月に日本再生医療学会が次のような提言※3を行っています。

  • 再生医療という名目で、多くのクリニック等で自由診療として行われている現状や、感染症のリスク等を鑑み、製造過程等を含めて、将来的には何らかの規制下に置かれることが望ましい
  • エクソソームについては生物学的にも不明な点が多く、科学的な解明が急務
  • エクソソームの定義・効能、品質管理に基づいた安心・安全なエクソソームの治療応用のガイドライン作成は急務

また、2024年7月に、日本再生医療学会のホームページに、厚生労働省医薬局監視指導・麻薬対策課事務連絡「エクソソーム試薬に係る監視指導について」が掲載されました※4

エクソソームを用いたアンチエイジング治療を行う美容クリニックなども増えていますが、科学的根拠に基づいていないケースも多いので、慎重に調べ、見極めることが大切です。

多くの可能性を秘めたエクソソームですが、科学的根拠の確立に向けて今後の研究に期待しましょう。

※3:「第89回厚生科学審議会 再生医療等評価部会 エクソソーム等に対する日本再生医療学会からの提言」より一部改変(https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001165575.pdf)を2024年4月8日に参照
※4:日本再生医療学会(https://www.jsrm.jp/news/news-15497/)を2024年8月9日に参照

監修者プロフィール
星野 歩子先生(東京大学 先端科学技術研究センター 細胞連関医科学分野 教授)

【星野歩子(ほしの あゆこ)先生プロフィール】

東京大学 先端科学技術研究センター 細胞連関医科学分野 教授
2006年、東京理科大学理学部卒業。2011年、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士課程修了。同年より米国コーネル大学医学部小児科ポスドクアソシエイト、リサーチアソシエイト、インストラクターを経て、2019年、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構講師に就任。2020年より東京工業大学生命理工学院准教授。同年、ニューヨーク大学タンドン工科大学バイオインフォマティクス (バイオインフォマティクス高度専門士取得)。2023年より現職。専門はがん、自閉スペクトラム症、妊娠合併症におけるエクソソームの役割の解明。

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