
季節のテーマ
高額な医療費に備えるために、知っておきたい公的制度
監修/黒田 尚子先生(黒田尚子FPオフィス 代表)

医療技術が進み、高度な医療を受けられるようになったとともに、かかる医療費も増加傾向にあります。そこで知っておきたいのが、医療費の家計負担を軽減するために設けられた公的制度です。高額療養費制度と医療費控除を中心に、ファイナンシャルプランナーとして活躍する黒田尚子先生に伺いました。
概要・目次※クリックで移動できます。
高額療養費制度の上限額を知る

高額療養費制度は、医療費が一定額を超えた場合、その超えた分を公的医療保険が負担する制度です。月ごとの医療費が上限額を超えると、その超えた分が後で払い戻しされます。
日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男性が63.3%、女性が50.8%※1(2021年データに基づく)。男女ともにほぼ2人に1人の割合です。すべての人にとってがんは身近な病気の一つになっています。そのため、「もし発症したら医療費はどのくらいかかるのだろう」と不安を感じている人は少なくないはずです。
2022年に、直近15年以内にがんに罹患(りかん)した20~79歳の男女を対象に行われたアンケート調査では、自己負担費用の総額が年間平均56万円、通院時にかかる医療費以外の総額が年間平均13万円と報告されています※2。保険適用の標準治療を受ける場合は年間50万~100万円かかるというのが、一つの目安になるでしょう。
しかし実際にがんの治療にかかる費用は、がんの種別(胃がん、大腸がん、乳がんなど)やがんのステージ(病期)、治療の内容などによりケース・バイ・ケースです。進行がんで治療が長期化したり、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬など保険適用であっても高額な薬剤を使用したりすれば、年間100万円以内にはおさまらない可能性があります。
そこで設けられている公的制度の一つが「高額療養費制度」です。医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が同一月(歴月:1日から末日まで)で上限額を超えた場合、その超えた額が払い戻しされます。一般的な医療費の平均額などよりも、自分に適用される高額療養費制度の上限額がいくらなのかを把握しておくと、必要な医療費を把握する大きな目安になります。
上限額は年齢や所得によって異なります。
■70歳未満の上限額(平成30年8月診療分から)
適用区分 | ひと月の上限額(世帯ごと) | |
---|---|---|
ア | 年収約1160万円~ | 25万2600円 + (医療費 – 84万2000円)× 1% |
イ | 年収約770万~1160万円 | 16万7400円 + (医療費 – 55万8000円)× 1% |
ウ | 年収約370万~770万円 | 8万0100円 + (医療費 – 26万7000円)× 1% |
エ | ~年収約370万円 | 5万7600円 |
オ | 住民税非課税者 | 3万5400円 |
出典 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdfPDFで開きます)をもとに作成
◎正確な区分は「住民税課税所得」や「標準報酬月額」での判定となりますので、詳細には住民税決定通知書や健康保険組合からの通知をご確認ください
1回の医療機関や薬局での自己負担額が上限額を超えなくても、同じ月に複数回受診すればその自己負担額(★)を合算できます。また、同じ世帯に、同じ医療保険に加入している家族などがいれば、窓口でそれぞれに支払った自己負担額(★)を合算できます。合算額が上限額を超えれば、高額療養費制度の支給対象となります。
★70歳未満は受診者別、医療機関別、入院・通院別で算出して、2万1000円以上の自己負担額のみ合算される
※1:国立がん研究センター がん情報サービス 最新がん統計(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html別ウィンドウで開きます)を2025年7月22日に参照
※2:ティーペック 2022.11.21プレスリリース「がん発見のきっかけは『健康診断』、乳がんは『自分で気付く』が多い!仕事を継続するために必要なサポートはメンタルカウンセリング」(https://www.t-pec.co.jp/news/newsrelease/2022-11-21/別ウィンドウで開きます)を2025年7月1日に参照
長期治療には「多数回該当」制度も

さらに、高額療養費制度には「多数回該当」という特例制度があります。直近12カ月の間に3回以上高額療養費制度の対象になった場合、4回目以降はさらに上限額が下がるというものです。
■70歳未満の多数回該当
適用区分 | ひと月の上限額(世帯ごと) | 多数回該当 | |
---|---|---|---|
ア | 年収約1160万円~ | 25万2600円 + (医療費 – 84万2000円)× 1% |
14万0100円 |
イ | 年収約770万~1160万円 | 16万7400円 + (医療費 – 55万8000円)× 1% |
9万3000円 |
ウ | 年収約370万~770万円 | 8万0100円 + (医療費 – 26万7000円)× 1% |
4万4400円 |
エ | ~年収約370万円 | 5万7600円 | 4万4400円 |
オ | 住民税非課税者 | 3万5400円 | 2万4600円 |
出典 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdfPDFで開きます)をもとに作成。2025年6月1日時点での試算になります
治療が1年間続いた場合、
①3カ月(回)、高額療養費の上限額を負担
②4カ月(回)以降、多数回該当の上限額を負担
③上限額に届かないが、上限額に近い額を1年間(12カ月)負担
として計算すると、70歳未満の1年間の自己負担の目安は次のようになります。
適用区分 | 1年間の自己負担の目安 (上記①+②~③) |
|
---|---|---|
ア | 年収約1160万円~ | 約202万~302万円 |
イ | 年収約770万~1160万円 | 約134万~200万円 |
ウ | 年収約370万~770万円 | 約64万~96万円 |
エ | ~年収約370万円 | 約57万~68万円 |
オ | 住民税非課税者 | 約33万~42万円 |
2025年6月1日時点での試算になります(黒田尚子先生による試算を引用)
①+②は高額療養費制度と多数回該当を利用した場合でも、年間では最低限このくらいの自己負担額が必要になる可能性があります。また、治療内容にもよりますが、高所得者になるほど、③のように「上限額に届かない」ケースが起こる確率も高くなりがちです。
2025年8月から段階的な引き上げが検討されていた、政府による高額療養費制度の見直しはいったん見送られましたが、今後の動向にも注目していきましょう。
なお、会社員で勤務先の健康保険組合に付加給付がある場合は自己負担の目安も下がります。例えば、付加給付金(一部負担還元金)が2万5000円の場合、1年間で30万円になります。付加給付の有無を勤務先に確認してみてください。
高額療養費制度利用のコツ

高額療養費の支給申請は、自分が加入している公的医療保険(健康保険組合・全国健康保険協会「協会けんぽ」の都道府県支部・市町村国保・後期高齢者医療制度・共済組合など)に、高額療養費の支給申請書を提出または郵送にて行います。
入院するなど高額な医療費が発生することが事前に分かっている場合は、なるべく早めに加入している公的医療保険に、「限度額適用認定証」の交付を申請しましょう。これを医療機関や薬局に提示すれば上限額を超える分を支払う必要はありません。
また、現在はマイナ保険証(マイナンバーカードの健康保険証)を提示すれば、限度額適用認定証がなくても上限額を超える支払いが免除されるようになっています※3。
※3:厚生労働省「マイナンバーカードの保険証利用について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08277.html別ウィンドウで開きます)を2025年7月1日に参照
限度額適用認定証やマイナ保険証がなくても、いったん3割負担で支払った医療費から、上限額を超える分を払い戻してもらえます。払い戻しには医療機関等から提出される診療報酬明細書の審査が必要なため、診療月から少なくとも3カ月ほど要します。
ただし、別の医療機関等で複数の診療科を受診したり、院外薬局で薬をもらったりするなど、支払い先がいくつかに分かれていると、多数回該当や世帯合算が適用されない場合があるので注意が必要です。自動的に手続きしてくれる公的医療保険もありますが、基本的にはセルフサービスです。加入先の医療保険に、手続き方法などをあらかじめ確認しておくと安心です。
なお、高額療養費制度の対象となるのは保険適用の診療のみです。次のものは対象とされていません。
- 医療にかからない場合でも必要となる食費(入院中の食事)や居住費、交通費
- 先進医療にかかる費用
こうした費用も医療費の一部として別途考えておく必要があります。
もし入院や治療の時期を医師と相談できる状況であれば、月初から月末までの1カ月におさまるように調整するのも、高額療養費制度を有利に利用するポイントの一つです。月をまたぐと1カ月ごとの上限額に届かなくなり、自己負担額が増えてしまうおそれがあるためです。
医療費控除で住民税を軽減

もう一つ、医療費の負担を軽くする代表的な公的制度として医療費控除があります。1月1日から12月31日までの1年間に支払った医療費が一定額を超える場合に、翌年の住民税や所得税が軽減される制度です。納税者本人、または本人と生計を一にする配偶者やその他の親族のために支払った医療費が対象になります。
医療費控除額は次のように計算します。
【① 実際に支払った医療費の合計額】 – 【②保険金などで補填(ほてん)される金額】 – 【③10万円またはその年の総所得金額が200万円未満の場合は総所得金額の5%】
出典 国税庁「No.1120医療費を支払ったとき(医療費控除)」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1120.htm別ウィンドウで開きます)を2025年7月11日に参照
②には、生命保険契約などで支給される入院費給付金や、健康保険などで支給される高額療養費、家族療養費、出産育児一時金などが含まれます。
■医療費控除対象の医療費と対象外の費用
○対象の医療費 | ×対象外の費用 |
---|---|
通院
入院 薬代 治療目的の公共交通費 自由診療 先進医療 海外での医療費など |
美容医療
審美歯科(歯のホワイトニングなど) 疲労回復や病気予防のための サプリメントや施術、機器など 入院時の差額ベッド代 タクシー代、ガソリン代 人間ドック、有料の健康診断 など |
出典 国税庁「No.1122 医療費の控除となる医療費」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1122.htm別ウィンドウで開きます)を参照。2025年6月1日時点での内容になります
なお、2017年1月1日以降に、健康の保持増進および病気の予防として健康診査や予防接種など一定の取り組みを行っている人が、本人や生計を一にする配偶者、親族のスイッチOTC医薬品を購入した際に、その購入費用について所得控除を受けられる「セルフメディケーション税制」もあります。
その年のスイッチOTC医薬品の合計購入額のうち、1万2000円を超える部分の金額(その金額が8万8000円を超える場合は8万8000円)が控除されます。セルフメディケーション税制と医療費控除は併用できません。
セルフメディケーション税制の対象品目は下記の厚生労働省のサイトで調べられます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124853.html別ウィンドウで開きます
また、医療費控除とセルフメディケーション税制のどちらがおトクか計算できるシミュレーターが、下記の日本一般用医薬品連合会のサイトに掲載されています。
https://www.jfsmi.jp/lp/tax/別ウィンドウで開きます
医療費控除もセルフメディケーション税制も、確定申告の際に税務署に申告します。マイナンバーカードを使用してe-Tax(国税電子申告・納税システム)で申告することもできます。税務署に申告する場合は、医療費の領収書から「医療費控除の明細書」または「セルフメディケーション税制の明細書」を作成し、確定申告書に添付します。
高額療養費を申請する際に医療費の領収書の提出を求められる場合があります。ただし、原本を提出すると原則返却されません。確定申告などで領収書の原本が必要になることもありますため、原本の返却が必要な場合は、事前に加入している健康保険組合に問い合わせておきましょう。確定申告時に困らないように、高額療養費の申請には領収書のコピーを提出することをおすすめします。
なお、会社員には病気やケガで働けなくなったときに申請できる傷病手当金などの制度もあります。自分がどのタイミングでどのような制度を利用できるのか、勤務先も含めてしっかり確認しておくことが大切です。公的制度だけでは不十分だと考えられる場合は民間の医療保険や貯蓄を見直すなどの対策をとり、いざという時のために備えておきましょう。
監修者プロフィール
黒田 尚子先生(黒田尚子FPオフィス 代表)
【黒田 尚子先生(くろだ なおこ)先生プロフィール】
黒田尚子FPオフィス 代表
CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士。CNJ認定乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格。
ファイナンシャルプランナーとしてセミナーや講演、さまざまなメディアでの執筆や出演、個人相談など幅広く活躍する。乳がん罹患体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後や介護問題にも注力。2015年7月より聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「就労リング(旧おさいふリング)」のファシリテーター、2021年4月よりNPO法人「がんとくらしを考える会」の相談員、一般社団法人「患者家計サポート協会」の顧問、城西国際大学・千葉商科大学の非常勤講師も務める。
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