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「ツボはなぜ効く」が分かってきた!ツボ押しの有用性と注意点を医師が解説
監修/大野 智先生(島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授)

概要・目次※クリックで移動できます。
ツボはなぜ効く?近年の研究から分かってきたこと

仕事や勉強でデスクワークが長時間続き、肩や腰に痛みが生じた時、痛みを感じる場所を自分でもんだり、鍼灸(しんきゅう)師に鍼(はり)を打ってもらったりすることがあるでしょう。そうすることで痛みが和らぐのを私たちは経験的に知っているわけですが、そのルーツは3000年以上前から発展してきた中国の伝統医学(東洋医学)にあります。
ここ20年ほどの間に、現代科学が築いてきた西洋医学の知見や理論をもとにして、ツボ押しや鍼灸が人の身体に具体的にどのように作用するのかという研究が急速に進んでいます。例えば1本の鍼の刺激が、手足の末梢から脊髄、脳をつなぐ神経ネットワークを駆け巡り、それぞれの場所で神経伝達物質や免疫細胞などを巻き込み、さまざまな作用を及ぼしているといったメカニズムの解明です。
こうした研究の成果は臨床にも活かされています。実際に頭痛治療において活用されている『頭痛の診療ガイドライン』では、2021年版から薬物療法以外のアプローチとして、鍼灸治療が記載されています※1。つまり、「よく分からないけれど効く」という東洋医学に対する認識はすでに過去のものと言えるでしょう。
※1:日本神経学会・日本頭痛学会・日本神経治療学会監修・「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会編集 『頭痛の診療ガイドライン 2021』医学書院(2021)
西洋医学がエビデンス(科学的根拠)を蓄積し、多くの人に恩恵をもたらしていることは事実ですが、一方で、西洋医学でもまだ手の届かない悩みを抱えて困っている人もいます。そのような場合に漢方や鍼灸を使ってみると症状が改善することがあります。このように今、西洋医学と東洋医学がぐっと近づき、混ざり合うことで、互いの考え方やアプローチ方法の違い、メカニズムを検証し合っているような関係性になっていると言えるのではないかと考えられています。それぞれの「いいとこどり」という感じで、より患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)を高めることが実際に臨床試験のデータとしても示されており、現在進行形で積極的に検証されています※2。
「ツボはなぜ効く?」の問いについて、解剖学の観点から見てみます。ツボ押しや、鍼の刺激が加わると、末梢のところで「痛い」と感じた神経が脊髄に痛みの情報を伝えるのですが、それがUターンするように局所に反応が戻る軸索反射(じくさくはんしゃ)という作用が起こることがあります。これが起こると、その部分の血管が広がって血流が増加します。肩こりや腰痛が起こるのは、その部位が局所的に筋肉疲労や血行不良の状態になり、それが刺激となってブラジキニンやプロスタグランジンといった痛みを起こしたり強めたりする物質が産生されることが原因ですが、軸索反射で血行が促進されると、そうした物質が取り除かれて痛みが治まるとされています。鍼でツボを刺激した後に、その部位が同心円状にふわっと赤くなることがありますが(フレア現象)、これは軸索反射の生理反応によって周囲の血流が増加していることを示しています。
※2:厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 鍼治療(https://www.ejim.mhlw.go.jp/public/overseas/c02/01.html別ウィンドウで開きます)を2025年5月22日に参照
もう1つ、近年の研究トピックとして注目されているのが、全身の筋肉や内臓などを包む膜「ファシア」と「経絡(けいらく:ツボの連なるライン)」との類似性です。ファシアは、筋肉を包む膜や内臓を包む結合組織、さらにその他の結合組織による複雑な構造をしています。そのうちの1つである筋膜のつながり(筋膜経線)と、複数のツボとツボを結ぶ経絡とを重ね合わせて見てみると、似通っていることが分かってきました。
腰や肩が痛む時、ファシアの考え方では痛みのある筋肉の部位そのものではなく、こり固まった筋膜をほぐすという観点で治療部位が変わるというのも、東洋医学の考え方に近いものがあります。このように、もともと東洋医学で分かっていたことが、西洋医学の研究の進展によって後追いの形で判明することもあるのです。研究者たちは、西洋医学、東洋医学それぞれの理解が深まることによって得られるメリットをより大きいものにしたいという思いを持っています。
ツボ押しにはどんなメリットがある?

ツボ押しのメリットは、手軽に実践できるという点です。また、自分で行う指圧は金銭的コストもかかりません。人は医者から「これを飲むように」と薬を処方されると、宿題を課せられたような感覚で義務感が先行してしまうものです。一方で、自分の判断と意思によって実践するセルフケアやセルフメディケーションは、療養の場面だけでなく、日々の生活の中でもメリットがあると言われています。そうした観点からも、ツボ押しはセルフケアとして非常に親和性が高く、自分の身体を自分でコントロールできているという能動的な満足感にもつながります。
また、西洋医学は病名や診断がついて初めて次のアクション(治療)が始まるのに対し、東洋医学の得意としているところは、病気の診断がつく一歩手前(未病)の段階から正常な状態に戻す、さらにその健康な状態の維持といった場面です。例えば、肩こりや腰痛、メンタルの改善に効果的なツボ押しを、毎日の就寝前に行うことを習慣づけることで、日々の健康や質の良い眠りにつながることが考えられます。
頼りすぎは禁物?ツボ押しで気をつけたい注意点

肩こりや腰痛、頭痛とひと口に言っても、そこに悪性腫瘍(がん)などの大きな病気が隠れている可能性はゼロではありません。急に肩や腰に痛みを感じるようになった、慢性的な肩こりや腰痛があるけれども、いつもと痛みの強さが違うなど、少しでも異変を感じた時には、ためらわず速やかに病院を受診しましょう。その結果、大きな病気がないことが判明したのであれば、ツボ押しや鍼灸で痛みを緩和するというのは非常に有用だと考えます。
ツボ押しが症状の緩和に有用ということなら、押す回数を多くする、あるいは強く押すとより効果的なのでは、と考える方もいるでしょう。しかし残念ながらそうではありません。ツボ押しは、「痛気持ちいい」程度を5秒くらい続けた後、力を抜いてゆっくり離す――これを3回程度繰り返すのが一般的に推奨された方法です。
参考記事:頭痛タイプ別!自身で実践できるツボ押しテクニック別ウィンドウで開きます
鍼灸やツボ押しの副作用として、「もみかえし」があります。これは、強く圧迫しすぎることによって逆に炎症を起こしてしまう現象で、施術後に痛みが強まることもあります。鍼灸院などで専門家に施術してもらうとよく分かりますが、決して力いっぱい押しているわけではなく、まさに「痛気持ちいい」力加減であることが実感できると思います。痛みの緩和はツボ押しの強さと比例するわけではないということは覚えておいてください。
ツボの位置は、慣れないうちはなかなか正確につかみにくいものです。最初は鍼灸師に的確なツボ押しを実施してもらい、その位置を身体でしっかり覚えてから自分で実践してみる、というのも一手です。
監修者プロフィール
大野 智先生(島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授)
【大野智(おおの さとし)先生プロフィール】
島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授
1998年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業、2002年同大学大学院修了(医学博士)。金沢大学、東京女子医科大学、帝京大学、大阪大学などを経て、2018年から島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授。2022年から島根大学医学部附属病院副病院長を兼務。著書に『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社ブルーバックス)など。
手軽な不調解消法の「ツボ押し」。その技術やノウハウは古来の人々の経験から導かれたものでしたが、昨今の研究で「ツボはなぜ効くのか」が科学的に明らかになりつつあります。こうしたメカニズムの解明に着目し、研究を進めているのが島根大学医学部附属病院臨床研究センター長で教授の大野智先生です。「ツボはなぜ効く」に対する現代科学の視点からの解説と、ツボ押しのメリット、実践する時に気をつけたい注意点について伺いました。