季節のテーマ
ゴースト血管に注意!毛細血管を鍛えよう
監修/高倉 伸幸先生(大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 教授)
概要・目次※クリックで移動できます。
毛細血管のゴースト化が全身に影響
毛細血管の壁細胞が死滅し、細胞の数が少なくなる。また、血管内皮細胞同士の間も開いて血液が漏れやすい状態になる。このように毛細血管のダメージが加速すると、毛細血管の先が細くなっていきます。こうして血管はあるのに血液がきちんと流れていない状態になった毛細血管を「ゴースト血管」といいます。
ゴースト血管は、全身にさまざまな影響を与えます。例えば、皮膚のシミやシワもそのひとつです。シミは、毛細血管から血液成分が漏れやすくなり、慢性的な炎症状態になるため、シミの元となるメラニンが過剰につくられることで発生しやすくなります。一方シワは、皮膚のハリや弾力を保つコラーゲンをつくる力が弱くなるために生じやすくなります。
また、血流が悪く、体の末梢で血液が停滞すると、その分心臓が強めに血液を送り出すため血圧が上昇し、高血圧の原因になることもあります。
近年の研究では、アルツハイマー型認知症の原因の一つがゴースト血管であることも明らかにされています※1。脳には血液と脳組織の間で必要な物質を運び、また血液からの病原体や有害物質の侵入を防ぐ働きを担う「血液脳関門」があります。これはイコール、脳の毛細血管を意味します。
アルツハイマー型認知症の発症には、脳内でつくられるタンパク質のアミロイドβの蓄積が関与していますが、脳の毛細血管がゴースト化すると、不要なアミロイドβの回収や排出が滞り、脳内にアミロイドβが過剰に蓄積することになります。アミロイドβが蓄積して10年ほどたつと、タウというタンパク質が蓄積して異常を起こし、脳の神経細胞への毒性化が始まります。やがて神経細胞が機能しなくなると脳が萎縮し、認知症を発症します。
アミロイドβの蓄積が始まった段階から、脳の毛細血管を活性化するような対策を始めれば、認知症の予防や進行を遅らせることにつながる可能性があります。
※1:Bell R.D., et al. Neuron. 2010 Nov 4;68(3):409-427.(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21040844/)を2024年3月13日に参照
毛細血管は酸素や養分を組織に届ける役割
毛細血管は、動脈と静脈をつなぐ極めて細い血管です。毛細血管の内径は5~10μm(マイクロメートル)程度と、髪の毛の20分の1程度しかありません。
動脈と静脈はそれぞれ太い血管で、血液を流すパイプのような役割を担っています。
- 動脈→心臓から送り出された血液を全身の臓器に運ぶ
- 静脈→全身の臓器から心臓へと血液を戻す
毛細血管には、動脈から運び込まれた血液中の酸素や栄養を全身の細胞に送り、さらに全身の組織から排出された二酸化炭素や老廃物を回収して静脈へ送る機能があります。体の状態を一定に維持するうえで、非常に重要な役目を果たしている血管です。酸素や栄養だけでなく、飲んだ薬の成分なども毛細血管を介して細胞や組織へと運ばれています。
血液は、赤血球や白血球、血小板といった細胞成分と、血漿(けっしょう)と呼ばれる液体成分に分けられますが、毛細血管はあらゆる液体成分を組織に到達させる担い手です。同時に、体内で不要になった液体成分も毛細血管が8割程度回収しています。細胞や組織に液体がたまっていると酸素や栄養が入りにくいため、細胞や組織をカラカラの状態にしてから酸素や栄養を供給する働きが毛細血管には備わっているのです。残りの2割を回収しているのがリンパ管で、むくみの解消法の一つにリンパマッサージがあるのはそのためです。
加齢と生活習慣がダメージの要因
血管には「血管壁(けっかんへき)」と呼ばれる壁があり、動脈や静脈は内膜、中膜、外膜の三層で構成されています。一方、毛細血管は血管内皮細胞の一層でできており、その細胞と細胞のすき間を覆うように壁細胞(ペリサイト、周皮細胞ともいう)が取り囲んでいます。
■毛細血管の断面図
(図/高倉伸幸『ゴースト血管をつくらない33のメソッド』を基に作成)
この構造により、内皮細胞の間にわずかに空いたすき間から液体成分を運び、全身にある37兆個の細胞一つひとつに酸素や栄養を届け、余分な血液を漏らすことなく二酸化炭素や老廃物を回収できるのです。ところが、加齢とともに毛細血管の壁細胞は変性や消滅を起こし、それに伴い血管内皮細胞の機能も低下していきます。他の細胞と同様、老化により細胞の分裂機能が低下し、ターンオーバー(細胞の生まれ変わり)能力が衰えるためです。
また、血管内皮細胞同士を接着させ、内皮細胞と壁細胞の接着を促す「Tie2(タイツー)」という分子を活性化させる、アンジオポエチン1というタンパク質の分泌も減少します。すると細胞と細胞のすき間が広がり、血液が過剰に漏れやすくなります。
さらに、栄養バランスの悪い食生活や運動不足といった健康によくない生活習慣も血管にダメージを与える要因です。特に注意したいのが糖質の取り過ぎなどによる高血糖状態です。過剰な糖とタンパク質が結びつくと「糖化」と呼ばれる変化が起こり、糖が過剰にこびりついて本来の機能を失ったタンパク質=AGE(終末糖化産物)と呼ばれる物質が発生します。
血糖値の高い状態が続くと、毛細血管の血管内皮細胞の受容体がAGEを取り込むようになり、細胞を傷つける活性酸素を大量に発生させます。活性酸素はまず壁細胞を攻撃し、損害を与えます。すると壁を失った血管内皮細胞のすき間が開き、そこから血液が組織内に漏れていきます。その結果、酸素や栄養を効率よく届けられなくなるほか、二酸化炭素や老廃物の回収も滞り、組織内に蓄積していくことになります。
ゴースト血管を防ぐ生活習慣とは
毛細血管の状態は、指先の血流を調べることである程度判断できます。近年は店頭でのカウンセリングツールとして、指先の血管や血流を観察する「毛細血管スコープ」を導入する薬局・薬店も増えてきました。
また、「糖尿病網膜症を早期発見するために、手指の爪床部(そうしょうぶ)の毛細血管の測定データを見ることが簡便なアプローチになる」という報告※2などもあり、将来的に医療へと応用が広がる可能性があります。
毛細血管の状態を、簡単にセルフチェックすることもできます。
1. 親指の爪を、反対側の手の指で上からぎゅっと押さえる(爪の色が白くなるまで)
2. 5秒たったら、ぱっと指を離す
指を離した後、2秒以内に爪の色がピンク色に戻るなら血流が正常な証拠です。ゴースト血管の心配はないでしょう。一方、ピンク色に戻るまで5~6秒程度かかるようなら、血流が悪くなっているサインです。毛細血管のゴースト化に注意が必要です。
今現在、血流が悪い状態にあっても、血流を良くする生活習慣によって毛細血管のゴースト化を防ぐ、あるいはゴースト化した血管を改善することは可能です。
特に重要なのは運動の習慣化です。1日20~30分程度のウォーキングや、かかとの上げ下げなどの簡単な運動で構いません。ウォーキングのような継続的に弱い負荷をかける有酸素運動は、毛細血管が多く集まる赤筋(遅筋)を刺激し、末梢の血液循環を良くする効果が期待できます。
また、かかとの上げ下げはふくらはぎの筋肉を刺激し、静脈を圧迫することで、ポンプ機能を改善し、下から上への血流を促進できます。
食事は一般的にいわれるようにバランスの良い食事が基本です。さらに、「Tie2」を活性化する食品も取り入れると、ゴースト血管の予防につながります。研究でTie2の活性化作用が確認できているものにシナモン(桂皮エキス)※3、ヒハツエキス※4があります。
ヒハツはインドナガコショウとも呼ばれ、最近は「ロングペッパー」としてパウダー状のものがスーパーマーケットのスパイス売り場や健康食品売り場などで販売されています。
シナモンパウダーもスパイス売り場などで入手しやすい一品です。1回につき0.5g(小さじ1/2)程度を目安に、ドリンクや料理などにプラスしてみるといいでしょう。また、健康茶として人気のルイボスティーにもTie2を活性化する成分が含まれています。いつものお茶をルイボスティーに替えるのもおすすめです。
※2:Okabe T., et al. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 2024 Mar;262(3):759-768.(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37874367/)を2024年3月13日に参照
※3:澤根美加ほか. 皮膚老化において重要な役割を担う血管・リンパ管. 日本化粧品技術者会誌. 2012;46(3):188–196.(https://www.jstage.jst.go.jp/article/sccj/46/3/46_188/_pdf/-char/ja)を2024年3月13日に参照
※4 :大戸信明・高倉伸幸. 血管構造の安定化に寄与するTie2受容体の天然活性化食品香料素材.アロマリサーチ.2015;16(2):144-145.
監修者プロフィール
高倉 伸幸先生(大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 教授)
【高倉伸幸(たかくら のぶゆき)先生プロフィール】
大阪大学 微生物病研究所情報伝達分野 教授
医学博士。1988年、三重大学医学部卒業。1997年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。熊本大学医学部および発生医学研究センター助手・助教授、金沢大学がん研究所教授などを経て、2006年より現職。組織再生やがん組織における血管研究分野のトップランナーの一人。ゴースト血管という言葉の命名者でもある。『ゴースト血管をつくらない33のメソッド』(毎日新聞出版)など著書多数。
動脈硬化や脳出血、心筋梗塞など、血管に関する病気は多くあります。普段から血圧や血糖値のコントロールに気を付けていても、動脈や静脈など大きな血管を中心に対策を考えていませんか?しかし、実は全身の健康を支えているのは、動脈と静脈をつなぐ「毛細血管」です。毛細血管がダメージを受けると、皮膚のシミやシワの要因、高血圧の原因になることもあります。毛細血管の役割や、血液がきちんと流れない状態になる「ゴースト血管」のリスク、ゴースト化を防ぐ方法などを、大阪大学微生物病研究所情報伝達分野教授の高倉伸幸先生に伺いました。