ミライのヘルスケア
最新の研究が解明!「老化制御」のカギと対策
監修/樂木宏実先生(大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授)
「元気に長生きしたい」というのは、誰もが持つ願いでしょう。高齢化が進む中、「老化」は現代医学の大きな課題の一つとなっており、さまざまな研究が進められています。何が老化のカギを握っているのでしょうか?少しでも老化を遅らせる方法は?最先端の老化制御研究について、大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授の樂木宏実先生に伺いました。
日本人は若返っている!? 老化研究が取り組む課題
老化とは、加齢に伴って体や心の機能が低下することを指します。生理学的老化(肌がたるむ、目が見えにくくなる、耳が遠くなるなど、年齢を重ねると誰にでもある程度起きるもの)と病的老化(病気やけがによるもの)がありますが、両者は明確に区別できるわけではなく、相互に影響し合って寿命などに影響を与えています。
近年、日本では高齢化が進んでいますが、日本人の高齢者は体力面では若返っている、というデータがあります。1992年と2017年の歩行速度を比べると、2017年の85歳以上の人が歩く速度は、男性では1992年の75歳と同じぐらい、女性では65歳と同じぐらいの速さになっているのです※1。つまり、歩行速度の観点では、この25年間で男性は10歳、女性は20歳若返ったということになります。元気な高齢者が増えた、といえるでしょう。
平均寿命も長くなっていますが、一方で健康寿命との間には、2016年時点で男性は8.84年、女性は12.35年のギャップがあります※2。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることがない期間」のことで、介護が必要な状態は健康寿命に含まれません。脳卒中や心疾患、認知症、がんなど、介護につながるような疾患を抱えながら長生きしている人も多いと考えられます。こうした疾患は、寿命が延びることでどうしても増加する傾向にあるものですが、それでもできるだけ多くの人が、日常生活の制限なく元気に年齢を重ねられるようにすることが医学的な課題となります。老化に関する研究は、この課題を解決するためにも重要です。
※1:厚生労働省「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議 報告書」
※2:令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-図表1-2-6 平均寿命と健康寿命の推移
老化制御のカギ、 NDAと長寿遺伝子
老化を制御する方法はないか、さまざまな観点から研究が進められています。その中で解明されてきているものの一つが、「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)」と「サーチュイン遺伝子」の関連性です。
NADは、人間が生きるうえで欠かせない補酵素です。加齢によって減少し、細胞や臓器の機能低下につながることが知られています。つまり、老化はNADが減少することによって進行する可能性があると考えられ、NADの減少を抑えることができれば、老化も抑えられることが期待できます。
そしてサーチュイン遺伝子は、「長寿遺伝子」とも呼ばれ、老化と寿命の制御に大きな役割を果たしていると考えられています。このサーチュイン遺伝子を活性化するとして注目されているのが、NADです※3。
2013年には、サーチュイン遺伝子を脳で活性化させたマウスにおいて老化が遅れ、寿命が延びたことが報告されました※4。NADを増やすことによってサーチュイン遺伝子を活性化できれば、老化が進む速度を抑えられる可能性があるのです。
ただし現段階では、まだ動物実験での成果しか得られておらず、ヒトでも同じような現象が起きるのかどうかは分かっていません。しかし、ヒトでの研究も既に始まっており、今後の研究結果がまたれます。
※3:Nature. 2000 Feb 17; 403 (6771): 795-800.
※4:Cell Metab. 2013 Sep 3; 18 (3): 416-30.
老化を遅らせる生活のポイント
NADとサーチュイン遺伝子以外にも、老化のカギを探すための研究は複数ありますが、いずれもまだ実験段階で、医学的に効果が確実なものはありません。
ただ、老化は自分自身の行動によって、ある程度コントロールできる可能性があります。老化は、遺伝的な要因や生活環境などが複雑に絡み合って進行します。遺伝の部分は変えられませんが、生活習慣を変えることで、老化をある程度制御できるわけです。現段階では老化を防ぐ「特効薬」はないですが、地道に生活習慣を改善することが、老化を制御するための最善策となります。
生活習慣病は血管やさまざまな臓器の老化につながるため、生活習慣病対策はそのまま老化制御に役立つといえるでしょう。若いうちからの生活習慣が将来の健康に影響します。老化はまだ先のことだと考えず、若いうちから対策を始めたいものです。
また、高齢者の場合は「フレイル」の予防が老化対策の基準となります。フレイルとは、健康な状態と要介護状態の間で、身体的機能や認知機能が低下した状態を指しますが、まだ健康な状態に戻ることも可能です。フレイルに陥らないような生活習慣が大切になります。
具体的な対策としては、年齢にかかわらず、食事と運動に配慮することが大切です。
①食事
バランスの良い食生活を心がけましょう。特に、食べすぎ、飲みすぎを避け、「腹八分目」を意識することが大切です。肥満の男性4名が7週間カロリー制限を行ったところ、サーチュイン遺伝子の量が顕著に増えたというデータもあります※5。つい摂取してしまいがちな間食にも注意が必要です。
高齢者も食べすぎ、飲みすぎは禁物ですが、むしろ食事量が少なくなる方が多いため、低栄養状態にならないように気をつけましょう。体重減少や筋力低下などにつながり、フレイルに陥るおそれがあります。医師から制限されていない限りは、たんぱく質を意識的に摂取するようにしましょう。たんぱく質は筋肉を作るために不可欠です。
※5: Biochim Biophys Acta. 2013 Oct; 1830 (10): 4820-7.
②運動
ウォーキングなどの有酸素運動に加えて、筋トレも大切です。筋肉は糖の代謝も行うため、筋肉が細くなると糖の代謝が悪くなり、糖尿病にかかりやすくなります。
筋肉は使わなくなるとすぐにやせてしまいますので、運動は習慣として長く続けることが大切です。また、若いときに始めたスポーツをずっと続けるほうが、高齢になってから新しく何かを始めようとするよりも簡単でしょう。生涯続けられそうな運動を若いうちに見つけておくとよいでしょう。
さらに、タバコは医学的に良いことがありません。早いうちに禁煙することをおすすめします。
年齢を重ねれば心身は自然と衰えますし、どうしても病気になるリスクが高くなります。若い頃と同じような状態を維持することは困難です。しかし、加齢や病気の治療によって生じるつらい状態を緩和して、少しでも長く幸福な人生を送れるようにすることなら、老化制御に関する研究が進むことで、近い将来実現できるかもしれません。
監修者プロフィール
樂木宏実先生(大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授)
【樂木宏実(らくぎ ひろみ)先生プロフィール】
大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授
1984年、大阪大学医学部卒業。米国ハーバード大学ブリガム・アンド・ウイミンズ病院内科、米国スタンフォード大学心臓血管内科研究員、大阪大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2007年より現職。老年医学、高血圧学を専門に研究し、「元気な高齢社会」への展開を目指す。日本老年医学会前理事長、日本高血圧学会理事長。