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がんの合併症で脳梗塞に?知っておきたい「トルソー症候群(がん関連脳梗塞)」

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監修/長谷川 祐三先生(千葉県がんセンター脳神経外科主任医長)

がんの合併症の1つに、血液の塊(血栓)ができやすくなって脳梗塞を発症する「トルソー症候群」があります。早期発見、早期治療がきわめて大切であるため、どのような病気なのかを知っておくとともに、がんの治療中はいつも以上に体調の変化に気を配る必要があります。トルソー症候群の症状や特徴、治療などについて、千葉県がんセンター脳神経外科主任医長の長谷川祐三先生に伺いました。

がんで血液が固まりやすくなり、脳梗塞の頻度が上昇

がんで血液が固まりやすくなり、脳梗塞の頻度が上昇

トルソー症候群とは、広い意味では「がんによって血液が固まる機能に異常が生じる病態」を指し、この定義には、がんに伴って生じる静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群・ロングフライト血栓症)や播種(はしゅ)性血管内凝固症候群(DIC:全身の血管に血栓が多発する疾患)なども含まれます。しかし、一般的には「がん患者さんに特徴的な脳梗塞」をトルソー症候群と呼んできた経緯があり、本記事では後者の定義に沿って説明していきます。最近では、トルソー症候群を病態に即して「がん関連脳梗塞(Cancer-Associated Stroke:CAS)」と呼ぶことが増えてきています。

がんが見つかった患者さんが脳梗塞を発症する頻度は、同じ年齢でがんのない人に比べると約2倍とのデータがあります※1。がんになると、がんが放出する組織因子やムチンなどの物質、血管内に流入したがん細胞が刺激となって、血小板が活性化したり、血液凝固因子の機能が亢進(こうしん)したりして、血液が固まりやすくなります。すると、主に心臓内に小さな血栓が次々に作られるようになります。これらの血栓が血流に乗って脳に届くと、脳の血管が詰まってトルソー症候群を発症します。

トルソー症候群は、肺、胃、卵巣、膵臓のがんで多いとされています。また、がんの発生部位に関係なく、腺がん(各臓器の分泌腺の組織に発生するがん)で多いといわれています。がんと診断されてから最初の1年間や末期に発症しやすいことから、トルソー症候群とがんの増殖には関連性があると推測されています。つまり、がんが進行しているときに発症しやすく、がんの治療が効果を発揮して落ち着いている段階ではリスクが低くなると考えられます。

※1:Navi B.B., et al. J Am Coll Cardiol. 2017 Aug 22;70(8):926-938.

トルソー症候群とがんの治療を並行して行うことが大切

トルソー症候群とがんの治療を並行して行うことが大切

がん患者さんも、がんとは関係なく、動脈硬化や不整脈などによって脳梗塞を発症することがあります。がんと関連しない通常の脳梗塞とトルソー症候群では治療法が異なるため、がん患者さんが脳梗塞を発症した場合は、通常の脳梗塞なのかトルソー症候群なのかを明確にすることが大切です。がん患者さんの脳梗塞のうち、トルソー症候群の割合は40〜50%程度といわれています※2

トルソー症候群が疑われる場合は、「Dダイマー」という血液検査を行い、血液の凝固する能力が高まっているかどうか調べることが最も大切です。また、MRIで右脳、左脳、小脳の3領域すべてに小さな梗塞がみられることも、トルソー症候群の特徴とされています。こうした特徴的な脳梗塞を発症したことをきっかけにがんが疑われ、実際に見つかるケースも存在します。

長谷川先生らのグループは、トルソー症候群のリスク因子を調べたうえで、簡便にトルソー症候群を診断できる方法として「トルソースコア」を報告しています※2。がん患者さんが脳梗塞を発症した際に、以下の表に沿ってスコアを計算することでトルソー症候群の診断ができます。

Dダイマーが10Mg/mL以上 2点、脳の複数の領域に脳梗塞がある 2点、活動性のがん 1点、血小板が15万個/mL未満 1点、女性 1点、合計3点以上の場合にトルソー症候群と診断

トルソー症候群の症状は通常の脳梗塞と同様で、手足が麻痺する、しびれる、ろれつが回らないなどが挙げられます。しかし、トルソー症候群の場合、通常の脳梗塞よりも小さな血栓が多発し、さらに再発しやすいという特徴があります。そのため、最初のうちは症状に気づかない場合もあり、脱力やめまい、ふらつき、言葉が出にくいといった症状が一時的に生じ、いったん回復した後に再び症状が現れることも多くなっています。「様子を見ていたら治ったから大丈夫」と放っておくと、再発を繰り返すうちに悪化していく可能性があり、後遺症が残ったり、がんの治療に支障が出たりするケースもあります。

通常の脳梗塞では抗血小板薬を使用して治療することが多いですが、トルソー症候群では抗凝固薬の皮下注射が多く行われます。また、トルソー症候群の場合、血液が固まる根本原因はがんですので、がんをコントロールすることが何よりも大切です。抗凝固薬による治療とがんの治療を並行して行う必要があります。

※2:Hasegawa Y., et al. Neurol Sci. 2020 May;41(5):1245-1250.

初期症状を見逃すことなく、速やかに治療を

初期症状を見逃すことなく、速やかに治療を

トルソー症候群は、初期症状を見逃さないことがきわめて大切です。特に、がんと診断されてから、がんが治療によってコントロールされるまでの間は、トルソー症候群を発症しやすい期間といえます。万一、手足の麻痺やしびれ、脱力、めまい、ふらつき、ろれつが回らない、言葉が出にくいといった症状を短時間であっても自覚した場合は、ただちに主治医に連絡してください。救急車を呼んでもかまいません。トルソー症候群になりやすいがんが見つかった場合は、診断された段階で一度Dダイマーの検査を行って、数値が高くなっていないかどうか確認しておくとよいかもしれません。

また、抗がん剤による治療を受けていると、副作用によって体調が悪くなることがありますが、トルソー症候群の初期症状を「抗がん剤の副作用で調子が悪いのだろう」と捉えてしまうことで、トルソー症候群の発見が遅れるリスクがあります。体調管理に一段と気を配り、食事や水分をしっかり摂取するとともに、先述のような初期症状を見逃さないよう、体調の変化を敏感に捉えるようにしたいものです。

監修者プロフィール
長谷川 祐三先生(千葉県がんセンター脳神経外科主任医長)

【長谷川祐三(はせがわ ゆうぞう)先生プロフィール】

千葉県がんセンター脳神経外科主任医長
2001年千葉大学医学部卒業。日本脳神経外科学会認定専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医・指導医、日本神経内視鏡学会神経内視鏡技術認定医。専門は悪性脳腫瘍の治療、がん患者の脳卒中。

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