手軽に効果!運動・ボディケア
宇宙飛行士も実践!身体機能を整えるトレーニング
監修/神山慶人さん(有人宇宙システム株式会社 有人宇宙技術部 生理的対策担当<JAXA ASCR>)
在宅勤務や長時間のデスクワークが続くと、筋力の低下や体力の衰えを感じる人も少なくないでしょう。本来の身体能力を取り戻すトレーニングの一つとして注目したいのが、宇宙空間から地上に戻った宇宙飛行士が一日も早く日常生活に復帰できるよう開発されたリハビリプログラムです。宇宙飛行士への運動指導をはじめとする日本人宇宙飛行士の健康管理業務を手掛ける有人宇宙システム株式会社の神山慶人さんに、一般の人にも取り入れやすいトレーニングを伺いました。
概要・目次※クリックで移動できます。
宇宙飛行士の健康管理のポイントとは?
地上から約400km上空に浮かぶ「国際宇宙ステーション(ISS)」。ここに長期滞在し、仕事にいそしむ宇宙飛行士の健康管理には、2つのポイントがあります。
- 1.宇宙空間における心身の健康維持
- 2.宇宙から地球に帰還した後のリハビリ
まず1についてですが、ISSは「究極のリモート空間」ともいえる、特殊な閉鎖隔離環境にあります。その中に出身国の異なる6~最大11人の宇宙飛行士が常駐し、数カ月間を共にします。地上とはまったく違う環境で過ごすことから、精神的にストレスが高い状況に陥りやすくなります。
さらに、地上と宇宙とではご存じのとおり、体にかかる重力がとりわけ大きく異なります。
宇宙では体にほとんど重力がかからないため、放っておくと体を支える筋肉や骨が衰える一方です。
そうした事態を防ぐため、ISS滞在中の宇宙飛行士はほぼ毎日約1.5時間にわたり有酸素運動や筋トレなどを行っていますが、それでも筋力や骨密度の低下は生じます。
長期宇宙滞在では、筋量・筋力の最大酸素摂取能は約10~20%(最大30%)減少し、回復には数カ月を要したというデータもあります(※)。
(※)宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 99, 2012
そこで重要になるのが、2の地球に帰還した後のリハビリです。帰還直後の宇宙飛行士は、激しい車酔いをした時と同じような状態にあります。体のバランスがうまく取れず、立って歩くことが困難だったり、首を左右に動かすことができなかったりする例なども多く見られます。
また、重力のかかる地上での体の動かし方を一時的に忘れた状態にあるため、自分では予期しない力が不意に出たり、誤った体の使い方をしやすくなったりします。
こうした重力による体の使い方の違いによって、地上での危険を回避する力に悪影響が及ぶのではないかといわれています。
例えば何かが自分にぶつかってきそうになるなど危険を察知した際に、瞬時に状況を判断し、ぶつからないよう適切に体を動かして避けるという能力が私たちの体には備わっています。
しかし、そこで力の入れ加減がわからず、過度に体を動かしたり、危険物を避け過ぎたりしてしまうと、かえってケガをするリスクなどが高まる場合もあるでしょう。こうした帰還後の宇宙飛行士のさまざまな身体的な変化を見ながら、少しでも早く日常生活に復帰し、生活の質を維持していけるように、段階的にリハビリを重ねていきます。
自重トレーニングで筋力アップ
宇宙飛行士が地球に帰還してからのリハビリは次の2つが中心になります。
- 1.筋力をアップする自重トレーニング
- 2.身体のバランス感覚を保つトレーニング
どちらも、あまり運動しない人、外出自粛やリモートワークなどで運動不足になりがちな人にもおすすめです。実際に宇宙飛行士が行っているトレーニングの中から、日常生活に取り入れやすい種目をご紹介します。
1.筋力をアップする自重トレーニング
「壁に向かってスクワット」
① 壁に向かって両足を肩幅に開いて立ち、壁際に両手を上げる。
② 壁に両手を沿わせながら、背筋を伸ばしたまま腰をゆっくり落とす。
ひざは90度に曲げ、つま先より前に出さないように注意を。10回行う。
壁に向かって行うことで、自然とフォームが整いやすくなり、猫背の改善にもつながります。
壁から体の位置が近くなるほど、トレーニングの負荷は上がります。最初は壁から15㎝程度離れたところで行ってみて、体力的に余裕がありそうならさらに壁に近づいてみるなど、スクワットを行う位置を調整してみましょう。楽に何回もできるより、少しきついと感じるくらいがしっかり筋肉に負荷がかかり、鍛えられているサインです。なお、ひざが痛いなど、運動に不安がある場合は、体調に気をつけながら無理のないように行いましょう。
なお、プランクや腕立て伏せも筋力を高める自重トレーニングとしておすすめです。
体幹を強くするバランストレーニング
2.体のバランス感覚を保つトレーニング
「片脚立ちでつま先orひざタッチ」
① 右足を上げてゆっくり後ろに引く。
② 右手の先で左足のつま先、もしくは左ひざを触る。左腕は上に向けて伸ばす。次に左右を逆にし、交互に5回くり返す。
1畳分ほどのスペースがあればいつでも行うことができるトレーニングです。体幹が弱いと最初はバランスが取れず、グラグラしたりするかもしれませんが、その場合は上に向ける手を壁に沿わせて行うとよいでしょう。
また、このトレーニングは全身のバランスを取るために集中力を要します。仕事の休憩時間などに行うと脳のスイッチが切り替わりやすくなり、リフレッシュにもつながります。
どちらのトレーニングも、1セット行うのにかかる時間はほんの数分程度です。できれば朝・昼・晩にそれぞれ1セット、1日3セットを目安に行うとよいでしょう。デスクワークなどで長時間座りっぱなしになりやすい人は、お茶を入れるために立つ、お手洗いに行くなど、こまめに体を動かすよう心がけることも大切ですが、それだけでは十分とはいえません。滞りがちな下半身の血流を促進するためにも、こうしたトレーニングをプラスするのがおすすめです。
なお、トレーニングの効果を高めるためには、使っている筋肉の動きや呼吸をしっかり意識しながら行うことが大切です。年齢を重ねてもこれまでと同じように自分の身体を動かすことができるよう、トレーニングを続けていきましょう。
監修者プロフィール
神山慶人さん(有人宇宙システム株式会社 有人宇宙技術部 生理的対策担当<JAXA ASCR>)
【神山慶人(かみやま よしと)さんプロフィール】
有人宇宙システム株式会社 有人宇宙技術部 生理的対策担当<JAXA ASCR>
厚生労働省認定 健康運動指導士・NSCA-CPT(※1)。 介護予防運動スペシャリスト。順天堂大学大学院(スポーツ健康科学研究科)修了。各種プロ・アマチュアアスリートのパーソナルトレーナーを経て、2009 年より有人宇宙システム株式会社入社。 入社後JAXAへ出向し、日本の生理的対策運用分野における自立運用を確立。筋力が低下した人でも楽に利用できる小型軽量のリハビリ機器『ぷるそら』を考案。
(※1)主にアスリートを対象としたトレーナーの資格