病気と医療の知って得する豆知識
がんについて、最初に知りたい5つのこと
監修/中川 恵一先生(東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授)
生活習慣との関係が深く、誰でも発症する可能性がある「がん」。がんにならないよう予防する、がんになっても適切な治療につなげるためには正しい知識が必要です。がんのメカニズムや原因、予防法、早期発見や標準治療の重要性などについて、東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授の中川恵一先生に伺いました。
概要・目次※クリックで移動できます。
日本人が「がんになる確率」は
がんを発症する最大の要因は、「がんに関連する遺伝子に起こる、偶発的な損傷」といわれています。約37兆個の細胞でできている人間の体では、毎日1兆個もの細胞が死滅し、細胞分裂を繰り返すことで、新しい細胞を生み出すともいわれています。
細胞が分裂するときには遺伝子が複製されますが、この際に“コピーミス”が起こることがあります。それが冒頭に挙げた「偶発的な損傷」であり、医学的には「突然変異」と呼ばれるものです。この突然変異ががんに関する遺伝子に起こることで、がん細胞ができやすくなります。
遺伝子のコピーミスを完全に避けることはできないため、長生きをして細胞分裂の回数を重ねることでがんを発症する確率は高くなります。今は「日本人の2人に1人ががんにかかる」といわれる時代です。これは国立がん研究センターが2019年の「全国がん登録罹患データ」に基づき、日本人が一生のうちにがんにかかる確率を推計したもので、男性は65.5%、女性は51.2%という数値が示されています※1。
また、現在40歳の人が10年後(50歳)までにがんと診断される確率は、男性が1.6%、女性が4.2%、50歳の場合は男性が5.2%、女性が6.7%、60歳の場合は男性が15.7%、女性が10.4%、70歳の場合は男性が31.3%、女性が15.9%と推計されています※2。高齢になるほどがんのリスクが高くなることが、このデータからもうかがえます。
※1 国立がん研究センター がん情報サービス「最新がん統計」(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html)を2023年7月7日に参照
※2 国立がん研究センター がん情報サービス「累積罹患リスク(グラフデータベース*1)
*1抽出条件:2019年・男女別・85歳以上丸め・全部位(https://gdb.ganjoho.jp/graph_db/gdb1?dataType=30)を2023年7月7日に参照
「感染症」ががん発症の大きなリスクに
がんに関連する遺伝子の変異の多くは偶発的なコピーミスによって起こるといわれています。さらに喫煙や飲酒などの生活習慣や感染症などの要因が加わると、遺伝子にコピーミスが生じる確率は高くなりがちです。
特に喫煙ががんの大きな原因になることは知られているとおりで、「2015年の日本における修正可能因子に起因するがんの負担」によると、日本人男性のがんの約23.6%、日本人女性のがんの約4%を占めています※3。たばこに含まれる発がん物質が体内で活性化した後に遺伝子と結合し、突然変異を引き起こすというのが、その主なメカニズムです。
喫煙を原因とするがんには男女差がありますが、男女共に多いのが感染を原因とするがんで、男性の約18.1%、女性の約14.7%を占めています※3(2015年時点)。男女合わせると、日本人の発がん原因のトップは感染ということになります。
がんの発生に関する代表的なウイルス・細菌として次の3つが挙げられます。
- ヘリコバクター・ピロリ――胃がん
- B型・C型肝炎ウイルス――肝臓がん
- ヒトパピローマウイルス――子宮頸がん、陰茎がん、外陰部がん、膣がん、肛門がん、口腔がん、中咽頭がん
このほか、ヒトT細胞白血病ウイルスⅠ型(HTLV-1)による成人T細胞白血病リンパ腫や、エプスタイン・バール・ウイルス(EBV:EBウイルス)による悪性リンパ腫、鼻咽頭がんもあります。
これらのウイルスや細菌に感染したら必ずがんを発症するというわけではありません。定期的にウイルスの検査を受けたり、感染した場合には医師の指示に従って除菌や抗ウイルス薬による治療といった適切な処置を受けたりすることで予防につなげることが可能です。
※3 Inoue M, et al. Glob Health Med. 2022:26-36.
日本人のための「がん予防法」とは
まったく喫煙をしていない、ウイルスや細菌にも感染していないなど、がんのリスクが少ない生活をしていても、遺伝子の偶発的なコピーミスをゼロにすることはできません。ヘビースモーカーでもがんにならない人もいれば、模範的な生活習慣を続けていてもがんを発症する人もいるなど、がんは“運”の要素も大きい病気だといえます。
しかし、発病の原因がわからず、根本的な治療方法が確立されていないさまざまな難病とは異なり、がんは予防や早期発見、早期治療によってコントロールできる病気です。
がんの予防としては、国立がん研究センターをはじめとする研究グループが、科学的根拠に根ざしたがん予防ガイドライン「日本人のためのがん予防法(5+1)」として、次の項目を挙げています※4。
1 禁煙する
- たばこは吸わない
- 他人のたばこの煙を避ける
2 節酒する
お酒を飲む場合は以下のいずれかの量にとどめましょう。
- 日本酒 1合
- ビール大瓶(633ml) 1本
- 焼酎・泡盛 原液で1合の2/3
- ウィスキー、ブランデー ダブル1杯
- ワイン グラス2杯程度
3 食生活を見直す
- 減塩する
- 野菜と果物を摂る
- 熱い飲み物や食べ物は冷ましてから
4 体を動かす
- 18歳から64歳:歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分行う。また、息がはずみ汗をかく程度の運動は1週間に60分行う。
- 65歳以上の高齢者:強度を問わず、身体活動を毎日40分行う。
5 適正体重を維持する
6 感染症の検査を受ける
- 地域の保健所や医療機関で、一度は肝炎ウイルスの検査を受ける。感染している場合は専門医に相談し、特にC型肝炎の場合は積極的に治療を受ける。
- 機会があればピロリ菌の検査を受ける。定期的に胃がんの検診を受けるとともに、除菌については利益と不利益を考えた上で主治医と相談して決める。
- 肝炎ウイルスやピロリ菌に感染している場合は、肝細胞がんや胃がんに関係の深い生活習慣に注意する。
- 子宮頸がんの検診を定期的に受け、該当する年齢の人は子宮頸がんワクチンの定期接種を受ける。
なお、女性の場合は普段から入浴時などに乳房の状態を確認するなど、乳がんのセルフチェックをすることも大切です。
※4 国立がん研究センター がん情報サービス「科学的根拠に基づくがん予防」(https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html)を2023年7月7日に参照
自治体のがん検診が「早期発見」のカギ
がんの進行度を判定するための基準を「ステージ」といい、国際対がん連合のTNM 分類では、初期段階のステージ0から最も進行しているステージ4まで分けられています。このうち早期にあたるステージ1の場合の5年生存率(がんと診断されてから5年間生存している割合)は次のように報告されています※5。
■全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2011-2013年診断症例)
- 大腸がん 98.8%
- 胃がん 98.7%
- 肺がん 85.6%
- 子宮頸がん 93.6%
- 乳がん(女性) 100.0%
しかし、転移のあるステージ4になると5年生存率は次のように変わります。
- 大腸がん 23.3%
- 胃がん 6.2%
- 肺がん 7.3%
- 子宮頸がん 26.5%
- 乳がん 38.8%
これらの数値からも、早期発見の大切さが分かるのではないでしょうか。
ただし、早期の段階ではほとんど自覚症状がないのが、がんの特徴の一つです。「体に異変を感じたらすぐに病院に行く」と考えていると、手遅れになる可能性があります。
早期発見のためには、定期的ながん検診が必要です。
国は次の5つのがん検診を推奨しています。
■国が推奨する5つのがん検診
がん検診の種類 | 対象年齢 | 受診間隔 |
---|---|---|
大腸がん検診 | 40歳以上 | 年1回 |
胃がん検診 | 50歳以上 | 2年に1回 |
肺がん検診 | 40歳以上 | 年1回 |
子宮頸がん検診 | 20歳以上 | 2年に1回 |
乳がん検診 | 40歳以上 | 2年に1回 |
厚生労働省「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001073506.pdf)を2023年7月7日に参照
これらのがんは定期検診することで死亡率を下げるという科学的根拠があり、健康増進法に基づいて自治体が住民検診という形で実施しています。検診にかかる費用は、ほとんどの自治体が公費で負担しているため、自己負担はごくわずかに抑えることができるというメリットもあります。小さな負担で必要な検査がカバーされているので、活用して早期発見につなげましょう。
※5 全がん協加盟施設生存率協同調査 全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2011-2013年診断症例)(https://www.zengankyo.ncc.go.jp/etc/seizonritsu/seizonritsu2013.html)を2023年7月7日に参照
「標準治療」について知ろう
がんと診断された場合に備えてぜひ知っておきたいのが「標準治療」の大切さです。標準治療とは「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる『最良の治療』であることが示され、多くの患者に行われることが推奨される治療のこと」※6をいいます。がんの標準治療は、手術治療、薬物療法(抗がん剤治療)、放射線治療の3つが大きな柱となっています。
標準治療は公的健康保険が適用されるため、自己負担は原則3割負担になります。窓口での支払いが高額な負担となった場合は、自己負担限度額を超えた額が後から払い戻される「高額療養費制度」もあります。
一方、代替療法などの自由診療には科学的根拠が十分でないものもあり、公的健康保険も適用されません。治療の効果は期待できないにもかかわらず、高額な治療費を支払うことになることが懸念されます。
がんと告知されたらショックを受けて、混乱したり、冷静な判断ができなくなったりすることもあるかもしれません。そうした状態を防ぐためにも「自分ががんになったらどうするか」ということを時々考えてみることも大切です。
生活習慣を整えてがんの発症リスクを減らす、定期検診で早期発見につなげる、ということを常に心がけ、健康と命を守っていきましょう。
※6 国立がん研究センター がん情報サービス「標準治療と診療ガイドライン」(https://ganjoho.jp/public/knowledge/guideline/index.html)を2023年7月7日に参照
監修者プロフィール
中川 恵一先生(東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授)
【中川恵一(なかがわ けいいち)先生プロフィール】
東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授
1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院放射線科准教授、同病院緩和ケア診療部長(兼任)などを経て、2021年より現職。日本医学放射線学会認定放射線治療専門医。日本医学放射線学会認定研修指導者。日本がん・生殖医療学会理事。日本アイソトープ協会理事。第一種放射線取扱主任者。厚生労働省がん対策推進企業アクション議長、同がんの緩和ケアに係る部会座長、同がん検診のあり方に関する検討会委員、文部科学省がん教育の在り方に関する検討会委員などを務める。『人生を変える健康学 がんを学んで元気に100歳』(日経サイエンス)など著書多数。