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病気と医療の知って得する豆知識

仕方がないと諦めないで 慢性痛の対処法

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監修/北原 雅樹先生(横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科 部長)

けがをしたときや虫垂炎などの病気の際に生じる「急性痛」に対し、原因がはっきりしない、あるいは痛みの原因となるけがや病気が治癒した後もなお長期にわたって持続するのが「慢性痛」とされています。後者は、心理社会的な要因が複雑に絡み合っていることも多いと考えられており、さまざまな角度からの対処が必要になります。急性痛との違いや、慢性痛の治療方法などについて、横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科部長の北原雅樹先生に伺いました。

痛みが続くのに原因がはっきりしない慢性痛

多くの人がイメージする「痛み」は、けがや病気によって身体が傷ついたり腫れたりすることで生じるものでしょう。指を切ったのであれば、その傷が原因で痛みが生じますし、虫垂炎になったのであれば、その炎症がもとで腹痛が生じます。これは「急性痛」と呼ばれるものです。急性痛は痛みの原因がはっきりしているため、けがや病気が治れば、痛みも治まります。けがの患部を固定して安静にしたり、手術で患部を取り除いたり、抗炎症薬を使用したりして治療します。

一方、「慢性痛」は、急性痛のように明確な原因が分からなかったり、痛みの原因と思われるけがや病気が治った後も痛みが続いたりする状態です。けがや病気をきっかけに慢性痛が起こることはありますが、それが本当の原因かどうかは分かりません。痛みの部位は、頭、肩、腰、膝、腹部や背中など多様です。原因がはっきりしないため、急性痛と同じ治療方法では改善が見込めないケースも多くあります。

国際疼痛学会では、慢性痛は「3カ月以上持続する痛み」と定義されていますが※1、痛みの期間にとらわれず、「けがや病気が治るまでに要する妥当な期間を超えて持続する痛み」を慢性痛とする考え方もあります※2。けがや病気の種類や程度などによっては、原因が明確な急性痛の段階が3カ月以上続くことも考えられるからです。ここでは、痛みが長く続いているのに、痛みの原因になるようなけがや病気が見当たらない、あるいは原因と思われるものを取り除いても痛みが治まらない、という状態を慢性痛として取り上げます。

なぜ原因がはっきりしないのに痛みが生じるのでしょうか。急性痛の場合、けがや病気の部位から発せられた痛みの信号が、神経を通って脳に伝わり、脳で痛みを知覚します。このような痛みの伝道システムは、火災報知器に例えることができます。火(=けがや病気)が出ると火災報知器(=痛み)が鳴る、つまり痛みによって、身体に異変が起きていることを知らせるしくみです。しかし、「火がないのに火災報知器が鳴ってしまう」こともあります。痛みの信号がなくても、脳に蓄えられている記憶や感情といったさまざまな情報が統合されて、痛みを感じることがあるのです。

出典:北原雅樹先生の話を基に作成

※1:International Association for the Study of Pain “Definitions of Chronic Pain Syndromes”
https://www.iasp-pain.org/advocacy/definitions-of-chronic-pain-syndromes/(2023年3月10日参照)
※2:慢性疼痛診療ガイドライン作成ワーキンググループ編集、厚生労働行政推進事業費補助金(慢性の痛み政策研究事業)「慢性疼痛診療システムの均てん化と痛みセンター診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班監修:『慢性疼痛診療ガイドライン』真興交易(株)医書出版部、2021.

痛みから問題が広がって慢性痛をこじらせる

急性痛であれば、痛みの原因となるけがや病気を治療することで改善しますが、慢性痛は原因がはっきりしないため、治療方法が急性痛とは大きく異なります。また、慢性痛に対する適切な治療が行われないまま時間が経過すると、こじれて治療が難しくなってしまうケースもあります。

慢性痛は、持続する痛み自体がつらいものですが、痛みの治療のために通院が必要になったり、痛みによってうつ状態や不眠に陥ったり、仕事に集中できなくなったりすることでストレスが蓄積していくことがあります。職場や家庭での問題に発展することもありますし、痛みは目に見えないため、周囲から理解されにくいことがさらなるストレスの一因になることもあるでしょう。このような心理社会的要因も痛みの要因になることが知られており、こうした問題を抱えることで、痛みはさらに悪化し、それに比例して日常生活への影響も大きくなるという悪循環が生じてしまうことがあります。ここまで慢性痛がこじれるまでには、数カ月というケースもあれば、数年かかるケースもあります。

こじれた慢性痛は、痛みだけに注目しても症状を改善させることは難しくなります。痛みを悪化させていると思われる心理社会的要因を一つひとつ取り除かなければなりません。心と身体、両方に対して包括的にアプローチする必要があります。

「生活習慣病」として主体的に対処を

慢性痛が疑われる場合、まず痛みの原因となるようなけがや病気がないことを確認することから始まります。原因が見つかれば、急性痛としてそのけがや病気の治療を行うことになります。明確な原因が見つからない場合は、慢性痛として治療を行います。治療は、運動療法や心理療法が中心で、薬を補助的に使うこともあります。慢性痛を完全に取り除くことは難しいため、生活の質(QOL)や日常生活動作(ADL)を改善することが慢性痛治療の目標になります。

原因が明確でないとはいえ、慢性痛には普段の生活習慣が深く関与しています。「生活習慣病」の一つと捉えて、患者さん自ら主体的に対処することが大切です。以下のような点に気をつけるようにしましょう。

「癖」を直す

自分にとっては当たり前になっている身体の使い方の癖が、痛みのもとになっていることがあります。悪い姿勢や歩き方などが代表例ですが、スマホを操作しながら歩くのも、身体のバランスを崩し、頭や肩、腰など各所の痛みにつながります。考え方の癖も、ストレスを生み、痛みにつながることがあります。そのため、心理療法を行うこともあります。こうした癖は、自分自身では当たり前になっているため、気づくのが難しいものです。診察時には、生活の中で痛みにつながりそうな癖がないかどうか、問診しながら確認します。

十分な睡眠を取る

睡眠は心身のメンテナンスに不可欠ですので、十分な睡眠を取ることも大切です。睡眠不足だと身体の疲れが取れないため、痛みも回復せず、慢性化しやすくなります。また、心の疲れも眠らなければ解消しづらいため、気分が落ち込みやすくなります。睡眠を浅くする寝酒も悪影響を与える要因になりますので、控えるようにしましょう。

適度な運動をする

骨折や捻挫などによる急性痛の場合は、安静にしたり、患部を固定したりして治療しますが、慢性痛の場合は適度に動かしたほうがよいとされています。身体を動かさないと、関節が硬くなったり、筋力が衰えたりして、ますます身体を動かしにくくなります。無理なくできるストレッチや筋トレ、有酸素運動がおすすめです。

健康的な食生活で体重管理を行う

太りすぎると関節に負担がかかって痛みを悪化させますし、栄養不足で痩せすぎていても悪影響を与えます。バランスの良い食生活を心がけることが、慢性痛の改善にも役立ちます。

慢性痛の専門的な治療を提供している医療機関は、日本ではまだ多くありません。「慢性の痛み情報センター」のWebサイトに、集学的痛みセンターの一覧があるほか、からだの痛み電話相談の案内も掲載されていますので、痛みの症状が気になる場合は参考にしてみてください。

監修者プロフィール
北原 雅樹先生(横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科 部長)

【北原雅樹(きたはら まさき)先生】

横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科 部長
医師、公認心理師。1987年東京大学医学部医学科卒業。1992年に、世界で初めて設立された痛み治療センター、ワシントン州立ワシントン大学ペインセンターに留学し、慢性痛診療について学ぶ。2006年東京慈恵会医科大学ペインクリニック診療部長、2017年横浜市立大学附属市民総合医療センターペインクリニック、2020年より現職。通常の治療法では効果が少ない難治性慢性痛の治療を得意とし、精神科医、看護師、公認心理師、理学療法士、作業療法士、鍼灸師などとのチーム医療で診療に当たっている。

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