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頑張るけれど慎重に!久しぶりの運動で失敗しない心得

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監修/髙橋 康輝先生(東京有明医療大学 保健医療学部 教授)

厳しい夏の暑さが和らぎ、屋外で活動しやすくなる秋のシーズン。思い立って運動を始めたり、子どもの運動会に参加したりする機会も増えるでしょう。久しぶりに体を動かすと気分転換になり、すがすがしい気持ちになる一方、思わぬけがや体の不調につながることもあります。特に普段、運動習慣がない人ほど要注意です。体の安全と健康を守りつつ運動を楽しむために必要な準備とケアの方法について、東京有明医療大学保健医療学部教授の髙橋康輝先生に伺いました。

ストレッチで筋肉や腱を目覚めさせ、可動域を広げよう

日常生活の動きと運動している時とでは、体の可動域が大きく異なります。普通に歩いている時よりも、走っている時の方が歩幅を大きく踏み出すため可動域がぐっと広がり、股関節周辺の筋肉が急に引っ張られる状態になります。運動学において、筋肉や筋肉と骨をつなぐ組織である腱(けん)はよくゴムに例えられます。しばらく使っていない古いゴムは硬くなり、しなやかさを失っています。筋肉や腱もまさにそういった状態になり、しばらく使っていないと本来広がるところまで広がりません。硬いままの状態で可動域以上の動きをしなければならなくなった場合、無理矢理引き伸ばされる状態になります。急に負荷がかかった筋肉は、バチンと切れる危険性もあります。そうならないためにも、あらかじめしっかり柔軟運動をして、筋肉または腱が本来持つ柔軟性を取り戻すことがとても大事なのです。

この時、反動をつけていきなり伸ばすのは危険です。ゴムを引っ張ると、急激に縮もうとするのは皆さんもご存じかと思います。これは、伸張反射(しんちょうはんしゃ)といい、伸ばした分だけ反動で縮む作用が働くことを意味します。筋肉や腱も同様で、反動をつけて引っ張るとその分ぎゅっと収縮しようとするため、けがの危険性も高まります。したがって、久しぶりに運動をする人には、まずはじんわりと伸ばして可動域を広げる運動をおすすめします。ゆっくり呼吸をして、筋肉に血液と酸素を送り込んでいる様子をイメージしながらストレッチしましょう。関節の構造や筋肉、腱の柔軟性には個人差はあるものの、実際はもっと広げられるのに日常生活の中で可動域をおのずと制限しているところがあります。ストレッチによって抑制された可動域が広がるのを実感できるでしょう。

もう一つ大事な注意点があります。久しぶりに運動をする人は、かつて体がスムーズに動いていた頃のイメージを持っています。脳にもその記憶が残っているため、そのまま筋肉に指令が出ます。しかし、運動不足の生活が続くと可動域は以前より狭くなり、筋肉も衰えています。そのため歩幅が思ったより出ない、うまく飛び上がれないなど、頭の中のイメージと実際の動きに乖離(かいり)が起こるのです。こうした脳の指令と体の動きがちぐはぐになっている状態によって、筋肉や腱の断裂、股関節の痛みを引き起こすことがあります。さらに、振り子のように足を振り上げた際、体の重心が崩れて転倒してしまう危険性があります。

このほかに注意したいのが、運動中に鎖骨を折るケースです。転倒した際に頭を守ろうとして反射的に両腕が前に出ることがありますが、間に合わずに肩から倒れ込んでしまい、鎖骨を折ってしまう人も少なくありません。また、転倒時に腕をついた際に間接的な力が鎖骨に加わって折れるケースもありますので気を付けましょう。

ウオーミングアップの目安は2週間

久しぶりに運動を始めるなら、ウオーミングアップは2週間前をひとつの目安にしましょう。運動会の保護者競技に参加、仲間とのハイキングの予定があるなど体を動かす日が明確に決まっている場合は、目標の2週間前から体の準備を始めましょう。最初は軽いウオーキング程度から始め、数日経過したらジョギングやもも上げなどを取り入れ、1週目が終わるあたりからごく短い距離のダッシュに挑戦するといった具合に段階的に運動を積み重ねます。そうすることで、2週間後には昔ほどのパフォーマンスは発揮できなくとも、無理することなく運動を楽しむことができるでしょう。

筋肉だけでなく、循環機能のウオーミングアップも重要です。筋肉を動かすためには、血流によって酸素と栄養素を送り込む必要があります。そのためには必ず心臓が拍動しなくてはいけません。しばらく運動をしていない人は、そうした酸素を取り込む力が低下していると考えられます。かつては10拍ほどの心拍上昇で対応できていたものが、20~30拍ほど拍動しないと十分な酸素や栄養素を筋肉に送り込めないようになっています。そうなると、同じ負荷であっても心臓にかかる負担が大きくなってしまうのです。

例えば、長年の喫煙や飲酒、メタボリックシンドロームなどによって動脈硬化を引き起こし、冠動脈が狭まったり詰まったりしている人が急に運動をしたとします。心臓は頑張って動こうとするものの、血管が狭まっているため、なかなか酸素や栄養素が届けられない状況が起こります。心筋に酸素や栄養素が十分に届けられないと不整脈を引き起こし、AED(自動体外式除細動器)での処置が必要になる場合もあります(心臓に電気ショックを与え、正常なリズムに戻す)。急激に心拍を上げて大きな負荷をかけないように、運動する日に向けて徐々に体を慣らしておくことがいかに大事であるかをお分かりいただけたでしょうか。

そして、ウオーミングアップと同じように大切なのがクールダウンです。運動すると全身により多くの血液を送る必要があるため、血圧が上昇します。激しい運動の直後に脳貧血が起こり、人によっては気分が悪くなったり、意識が朦朧(もうろう)としたりする場合があります。これはどういうメカニズムかというと、運動をすると足の末端の血管が拡張して血流が増え、運動を止めると、心臓の拍動が少なくなり、血流も緩やかになります。しかし、血管自体は拡張したままなので、重力に従って下肢に血液がたまり、心臓より上へと血液を送り出す力が弱くなります。その結果、脳に十分な血液が送られず、脳貧血となるわけです。全力で走った後、ゴールで倒れ込むなど、急に体の動きを止めるとこうした状態に陥りやすいため、疲れていても軽くストレッチをしたり、しばらく歩いて呼吸を整えたりすることは急激な血圧の低下を防ぐのに有用です。

運動で感じるストレス、運動で解消されるストレス

極端な言い方をすれば、人の体にとってそもそも運動自体がある種の「ストレス」です。人は体温や血流、血糖値を一定に保つようにできています。しかし、運動によって激しい呼吸をすることは血圧や糖代謝を一時的に高めることになり、平常時ではありえない変化が起こります。

私たちの日常は常に細菌やウイルスにさらされていますが、体に備わった免疫機能によって防御しています。しかし、激しい運動をして72時間(3日間)程度は身体的ストレスにより免疫機能が一時的に低下することが運動学の研究で明らかになっています。まるで閉じられていた免疫のバリアーの「窓」が開け放たれ、ウイルスや菌が容易に体内に入り込めるような様子から、「オープンウインドウ仮説」と呼ばれています※1。この現象は、日頃運動しない人だけでなくトップアスリートでも同様に起こり、残念ながらあらかじめ回避するのは難しいです。激しい運動をした後3日程度は、普段よりも念入りに感染対策を行い、出張や旅行などはできれば避けてゆっくり過ごすなど、意識的に体調管理に努めることが大事です。

運動によって解消されるストレスもあります。日常生活の中で肺活量を最大限に使う場面はほとんどなく、横隔膜など呼吸に関連する筋肉(総称して呼吸筋と呼ぶ)も動きを抑制されている状態といえます。運動することは、しっかり呼吸することにつながり、呼吸筋の可動域が広がります。換気量が増えると、少ない呼吸の回数でより多くの酸素を取り込むことができます。ゆっくりとした呼吸は、リラックス効果を高めるための有効な手段と考えられています。自律神経の副交感神経が優位になり、心拍数や血圧が落ち着き、リラックスした状態に導かれるのです。

運動は一時的な身体的疲労感があるものの、大きく呼吸して胸郭や横隔膜の可動域を広げることが精神的なリフレッシュにつながるといわれています。デスクワークで前傾姿勢が長時間続く人は、呼吸が浅くなる傾向があります。意識的に息をしっかり吸って吐くことが大事であり、そのために運動は非常に有用です。

※1:Pedersen BK, et al. Med Sci Sports Exerc, 1994 Feb;26(2):140-6.

運動時、環境面のコンディションで気をつけたいこと

平常時と比べると、運動中は同じ気温でも体感が大きく異なります。特に運動によって心拍が上がり、体温や血圧が上昇していると、暑さや寒さを必要以上に感じやすくなるものです。長く厳しい夏の時期に冷房の効いた室内で過ごすことが多い人は、特に注意が必要です。汗をほとんどかかず、一定の温度に慣れた体が、屋外で著しい気温変化にさらされると、当然ながら体温調整が追いつきません。本来であれば熱中症のリスクが低い気温や湿度でも、日頃との環境のギャップによって体が過剰にストレスを感じてしまうのです。

普段、屋外で過ごす時間が少ない人が運動する際は、急激に体温が上昇しないようクールリングや凍らせた冷却パックなどで首筋や鼠径部を冷やす、ミネラルを含むドリンクでこまめに水分補給をするといった対策が重要です。また、体の熱が逃げにくいサウナスーツは非常に危険なため、風通しの良いウエアを選ぶようにしましょう。一方、運動後は気化熱によって著しい体温低下がみられることがあります。体温の大きな上がり下がりは体調を崩す原因になりますので、汗をかいたらすみやかに乾いた衣服に着替えることを忘れないようにしましょう。

監修者プロフィール
髙橋 康輝先生(東京有明医療大学 保健医療学部 教授)

【髙橋康輝(たかはし こうき)先生プロフィール】

東京有明医療大学 保健医療学部 教授
川崎医療福祉大学大学院で博士(健康科学)の学位取得後、筑波大学研究員、国際科学振興財団専任研究員、倉敷芸術科学大学生命科学部健康科学科助教などを経て、2009年より東京有明医療大学准教授、2025年より現職。健康・体力づくり事業財団健康運動指導士、日本トレーニング指導者協会認定上級トレーニング指導者。

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