季節のテーマ
気づかない高血糖が万病のもと!「血糖負債」を防ごう
監修/宮崎 滋先生(公益財団法人結核予防会 総合健診推進センター 所長)
概要・目次※クリックで移動できます。
「血糖負債」とはどういう状態?
食事で摂取した炭水化物などの糖質は、体内で消化吸収され、ブドウ糖(グルコース)となって血液中に入り、エネルギーとして使われます。この血液中に含まれるグルコースの濃度のことを、「血糖値」といいます。
食後は誰でも一時的に血糖値が上昇しますが、通常は食事をしてから約2時間程度で正常値に戻ります。これは膵臓から分泌されるホルモンの一種、インスリンの働きによるものです。
インスリンには常に一定量分泌されて糖の代謝を調節する「基礎分泌」と、食後に急上昇した血糖値を下げるために分泌される「追加分泌」があります。後者の追加分泌が低下し、インスリンが十分に働かなくなると、食後2時間を過ぎても血糖値の高い状態が続くことになります。
食事をしてから2時間後に計測した血糖値が140mg/dL以上の場合、「食後高血糖」と診断※1されます。しかし、血液検査を受けたり、血糖値測定器などを用いたりしないと、自分の食後血糖値を知ることはできません。食後血糖値は健康診断などでは調べておらず、高血糖状態になっても特に自覚症状がないため、気づかないまま放置してしまいがちです。
※1参考文献:一般社団法人日本糖尿病学会/糖尿病診療ガイドライン2019(www.fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/gl/GL2019-01.pdf)を2022年10月17日参照
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)/食後高血糖のターゲットは食後2時間でよいのか? (https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/52/4/52_4_267/_article/-char/ja/)を2022年10月17日参照
こうして慢性的に血糖値の高い状態が続く病気が、代表的な生活習慣病のひとつである糖尿病です。糖尿病が怖いのは、網膜症、腎症、神経障害という糖尿病に特有の3大合併症をはじめ、重篤な合併症を引き起こすことにあります。
また、食後の血糖値の急上昇と急降下をくり返す「血糖値スパイク」と呼ばれる状態になると、血管に大きな負担がかかり、動脈硬化を進行させる要因になります。心臓病や脳卒中、下肢の動脈疾患などさまざまな病気のリスクを高めるので注意が必要です。
このように、知らず知らずのうちに血糖値が高い状態が続き、病気のリスクが蓄積することを、最近では分かりやすいように「血糖負債」と呼んでいます。
借金が増えれば増えるほど返済が困難になるように、血糖負債も蓄積すればするほど健康な状態に戻すことが難しくなります。糖尿病と診断されていなくても、血糖負債がたまった状態になっている人は少なくありません。血糖負債をためこまないよう、しっかり予防することが欠かせません。
過食と運動不足を防ぐことが基本
血糖負債は、食後の高血糖が続くことから始まります。その状態が長く続くことで空腹時血糖値も次第に高くなり、最終的に過去1~2カ月の平均血糖値に相当するHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の値が上昇します。そこで血糖負債を防ぐために必要になるのが、食後血糖値の上昇を抑える生活習慣です。
基本のポイントは次の2つです。
●食べ過ぎないようにする
- 必要以上にエネルギーを摂取しないよう、メニュー内容や量に気をつけましょう。1日に必要なエネルギーは、標準体重×30~35kcal、標準体重=BMI22~24に相当します。なお、性別、年齢、活動量により変動します。※2
- 丼ものやパスタ、カレーなどの一品料理は糖質の量が多く、血糖値が上がりやすいので控えめにしましょう。
- 食事以外に、ちょこちょこつまんでいる間食がエネルギーオーバーの原因になっていることもあります。食べたものをすべて記録するなどして管理をすることをおすすめします。
※2参考文献:厚生労働省/「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討報告書(https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586556.pdf)を2022年10月17日に参照
●適度に運動する
- 食後30分から1時間以内に散歩などの軽い運動をすると、食後血糖値が下がりやすくなります。また、ダイエット効果も期待できます。
- できれば30分程度のウオーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動と、1日数回に分けて各20回程度のスクワットや腕立て伏せなどの筋力トレーニングを組み合わせて行いましょう。筋肉を鍛えて筋肉量が増えると、インスリンの働きもよくなり、筋肉内にブドウ糖を取り込みやすくなります。
- 通勤も運動の一種。在宅ワークで通勤の機会が減っている場合は、通勤にあてていた時間を使って運動するのも一考です。
血糖値を正しく知る基準は「HbA1c」
血糖負債を予防する一歩として、自分の血糖値を知ることはとても大切です。健康診断の血液検査で分かるので、年に1度など定期的に受けるようにしましょう。
健康診断の血液検査では主に次の2つの血糖値が分かります。
- 空腹時血糖値――10時間以上絶食した状態で測定した値
- HbA1c――過去1~2カ月の平均血糖値に相当する
血糖値は一日の中でも朝食前や睡眠時など時間とともに変化するほか、食事の前後や食べたり飲んだりしたもの、運動や入浴など、さまざまな要因によって変動します。空腹時血糖値は比較的変化が少ないタイミングで測定できますが、数値は一定ではなく、これだけで正確な診断を下すことは難しいといえます。
一方、HbA1cは、赤血球に含まれるヘモグロビン(血液中に存在するたんぱく質の一種)の総量に対して、グリコヘモグロビンが占める割合をパーセントで表したものです。グリコヘモグロビンは、ヘモグロビンとグルコースが結合したもので、血糖値が高くなるとその割合も高くなります。
赤血球の寿命は約120日で、その後は新しい赤血球に生まれ変わります。ヘモグロビンも新しく作られます。従って、採血時に含まれる赤血球中のヘモグロビンを調べることで過去120日間の血糖の状況が推測できるのです。
空腹時血糖値が126mg/dL以上、HbA1cの値が6.5%以上(NGSP※3値)と、健康診断の結果で基準値を超えた場合は糖尿病が疑われるため、再検査が必要となります。
※3:National Glycohemoglobin Standardization Program(全米標準化プログラム)の略称。日本では2012年4月1日から採用された世界基準。
なお、食後血糖値を一般的な健康診断で調べることはありませんが、食後高血糖が続くと、血液中のヘモグロビンとグルコースが結合しやすくなり、HbA1cの値が上昇します。
それが「空腹時血糖値は正常だが、HbA1cの値は高い」という形で検査結果に表れ、糖尿病の発見につながる場合もあります。自分の血糖の状態を正しく把握するうえで、HbA1cの値は極めて重要です。
糖尿病の前段階“メタボ”にも要注意
過食や運動不足によって肥満となり、内臓脂肪が過剰に蓄積されると、脂肪から悪玉物質が放出され、インスリンの働きを低下させます。インスリンは分泌されていても、血糖値を下げる働きが悪くなることをインスリン抵抗性といいます。
ちなみに、内臓脂肪が過剰で、なおかつ高血糖、高血圧、高脂質という危険因子を複数併せ持った状態をメタボリックシンドロームといいます。メタボリックシンドロームは糖尿病になる前の段階から動脈硬化を進行させる引き金となります。
血糖値だけでなく、コレステロールや中性脂肪、血圧などに注意することも、結果的に血糖負債の予防につながります。
なお、「血糖値を下げるためには糖質制限が効果的」と思っている人は多いかもしれませんが、糖質を控える代わりに、肉類など高脂肪の食事を多く取るようになると、脂質が増えて動脈硬化のリスクを高めることになりかねません。
極端な糖質制限をしなくても、バランスのよい食事で血糖値をコントロールすることは可能です。無理なく血糖負債の予防に努めていきましょう。
監修者プロフィール
宮崎 滋先生(公益財団法人結核予防会 総合健診推進センター 所長)
【宮崎滋(みやざき しげる)先生プロフィール】
公益財団法人結核予防会 総合健診推進センター 所長
東京医科歯科大学医学部卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院などの勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。医学博士。日本内科学会認定医・指導医、日本糖尿病学会指導医・専門医、日本肥満学会指導医・専門医、日本病態栄養学会NSTコーディネーター。
コロナ禍により自宅で過ごすことが多くなってから、以前に比べて太ってきた……。こうした声が少なくない昨今、見た目や体重に表れない「血糖値」が高くなっている可能性も。血糖値の高い状態が続くと少しずつ「血糖負債」となって、糖尿病やその合併症などの病気を引き起こすリスクが高まります。公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長の宮崎滋先生に、血糖負債を防ぐポイントなどを伺いました。