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姿勢を改善するとメンタルもリフレッシュできる「呼吸筋ストレッチ」

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監修/髙橋 康輝先生(東京有明医療大学 保健医療学部 准教授)

生きるために必要不可欠な呼吸は、実は姿勢やメンタルにも深く関わっています。長時間のデスクワークで猫背の姿勢が続くことで知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていたり、不安やストレスなどによって呼吸の回数が多くなったりしている人も少なくないようです。姿勢を改善し、深くゆっくりした呼吸に整えるための「呼吸筋ストレッチ」について、東京有明医療大学保健医療学部准教授の髙橋康輝先生にお聞きしました。

呼吸筋とはどんな筋肉?

呼吸は肺が行うもの、と思う人は少なくないでしょう。しかし、肺は自らふくらんだり縮んだりすることはできません。肺は胸郭という肋骨で覆われた部屋に取り囲まれていて、この胸郭が広がることで空気が入り、胸郭が狭くなることで空気が出ていきます。こうした胸郭の拡大や収縮を起こすのが、胸郭のまわりの筋肉です。

このように胸郭を動かし、呼吸に関わる筋肉のことを「呼吸筋」といいます。横隔膜は代表的な呼吸筋の一つですが、この他にも胸やおなか、背中などに複数存在しています。

横隔膜の働きに加えて、呼吸筋の柔軟性と活動を高めることで胸郭可動域が広がるので、空気をしっかり吸えて、しっかり吐けるようになるのです。

■胸郭を取り巻く筋肉の構造

胸郭肺を取り巻く筋肉の構造

さらに呼吸筋には、空気を吸うための筋肉「きゅう息筋そくきん」と吐くための筋肉「息筋そくきん」の2種類があります(下図参照)。吸息筋は主に胸より上に、呼息筋はおなかのほうに集中しており、それぞれがシーソーのようにバランスを取り合って呼吸を整えています。

■吸息筋と呼息筋の構造

吸息筋と呼息筋の構造

姿勢の悪さが呼吸筋にも影響

立っている時、歩いている時、座っている時、知らず知らずのうちに猫背になっていることはありませんか?自分の姿勢は自分で気づきにくいものです。猫背になると胸郭が広がりにくくなりますが、これは肩甲骨が正しい位置にないからです。菱形筋りょうけいきん自体は呼吸筋というよりも、肩甲骨を内側に引きつける筋肉です。肩甲骨が適切な位置にくることで、前鋸筋という肩甲骨と肋骨をつないでいる筋肉が適切に作用して胸郭が広がりやすくなるので、菱形筋は間接的な役割を果たします。

菱形筋の活動が低下すると肩甲骨が外側に開き、右の人のような猫背になりやすくなります。こうした状態では胸郭の動きが制限されてしまうのです。

菱形筋の活動が低下した肩甲骨

さらに、デスクワークが中心だったり、スマートフォンやパソコンなどを長時間見る生活を続けたりすることの多い現代社会では、どうしても姿勢が悪くなりがちです(下図参照)。

フォワードヘッド&ラウンドショルダーの説明画像

「フォワードヘッド&ラウンドショルダー」と呼ばれるこのような姿勢には、次の特徴があります。

  • 息を吸う時に肋骨を引き上げて呼吸を助ける「小胸筋しょうきょうきん」が硬くなり、胸の前側から肩甲骨が引っ張られるような感じになりやすい。
  • 肩甲骨が外側に開き、肩が前のほうへ巻き込みやすくなる。
  • 肩甲骨が引き上げられ、頭が前のほうに突き出た状態になる。頭を支えるために首の後ろの筋肉が引っ張られるように常に緊張した状態になるため、肩こりの原因になりやすい。

さらにこうした姿勢は、胸郭の動きが制限されるので、必然的に呼吸が浅くなります。このような状況であっても身体に必要な空気を取り込むためには、呼吸の回数を増やして対応しなければなりません。

不安が多いと呼吸回数が増えやすい

呼吸には大きく次の3つの働きがあります。

  1. 1  生きるため(代謝性呼吸)
    生命を維持するため、無意識に呼吸して体内に酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出しています。
  2. 2  しゃべるため(行動性呼吸)
    話す、歌うなど「音」を出すうえで呼吸は不可欠です。自分の意志で呼吸の深さやリズムを変えることができます。
  3. 3  感情で変化(情動性呼吸)
    喜怒哀楽の感情に伴って呼吸の深さや速さ、回数などが変化します。

この中でとくに注目したいのが3の「感情で変化(情動性呼吸)」です。怒りや悲しみなどのネガティブな感情になった時に呼吸が乱れたりするような状況をイメージしてください。

体内に取り込む空気の量は、1回の換気量(1回の呼吸で吸う息の量)×1分間の呼吸回数による「分時換気量」で算出されます。浅い呼吸をたくさんすることで体内に取り込む空気を一定に保つ人もいれば、深くゆっくりした呼吸で空気を取り込む人もいるように、呼吸の深さや回数には個人差があります。この呼吸の個人差には情動的な変化が加わることで次のような傾向が現れやすくなります。

  • 不安やストレスなどが多い→呼吸が浅く、速くなり、1分間の呼吸回数が多くなる。
  • 不安などが少なくリラックスしている→呼吸が深く、ゆっくりしたスピードになり、1分間の呼吸回数が少なくなる。

このことは平均年齢20.8歳の男性16人を対象に行った研究で明らかになりました(下グラフ参照)。

特性不安(性格の特徴として常に持つ不安)の大きさと、安静時の呼吸回数を測定したところ、不安スコアが小さい人ほど呼吸回数が少なく、不安スコアが大きい人ほど呼吸回数が多いという結果になったのです。

■特性不安と呼吸数の関係

特性不安と呼吸数の関係

出典:Kato et al. J Physiol Sci.68:369-376 (2018)

不安やストレスが多いと呼吸が浅くなりやすいですが、その一方で姿勢の悪さなどから胸郭の動きが制限されて呼吸が浅くなってしまい、呼吸数を増やさざるを得ない状況となることで、さらに不安やストレスが助長される可能性も否めません。浅くて速い呼吸が続くということは、常に不安にさらされていることを意味し、身体的にもメンタル的にもさまざまな悪影響が及ぶと考えられます。

ストレス社会といわれる現代において、多くの不安を抱えて生きている方は少なくありません。不安をとるために気分を変えろといわれてもそれはなかなか難しい話です。しかし、呼吸は意図的に変えることができます。つまり、不安やストレスにより浅く速くなっている呼吸を意識的に深くゆっくりすることで、気分にポジティブな変化をもたらすことができるのです。

5つの呼吸筋ストレッチを実践してみよう

毎日長時間デスクワークをしている、不安やイライラなどを感じやすい、といったことで呼吸が浅くなりがちな人は、次に紹介する呼吸筋ストレッチを行って胸郭を取り囲む呼吸筋を柔軟にすることで、深くゆっくりとした呼吸を目指しましょう。

呼吸筋ストレッチは「吸う」「吐く」という呼吸をしっかり意識し、息を吸いきる、吐ききるまで行うことが効果アップの秘訣です。

猫背などの姿勢の悪さを改善しながら、深くゆっくりした呼吸に近づける5つのストレッチを早速始めましょう。

「呼吸筋ストレッチ体操」

考案/本間 生夫さん(昭和大学名誉教授/東京有明医療大学名誉教授/NPO安らぎ呼吸プロジェクト理事長)

1 肩のストレッチ(吸う筋肉を意識)

肩のストレッチ(吸う筋肉を意識)

足を肩幅くらいに開いて立ち、背すじを伸ばす。鼻から息をゆっくり吸いながら、両肩を前からゆっくり引き上げ、後ろに回す。息を吸いきったら、口からゆっくり吐きながら肩の力を抜いて下ろす。3~5回行う。

2 首のストレッチ(吸う筋肉を意識)

首のストレッチ(吸う筋肉を意識)

片方の腕を斜め下方向に伸ばし、頭をその腕とは反対側に倒す。この状態で鼻からゆっくり息を吸う。息を吸いきったら、口からゆっくり吐きながら元の姿勢に戻す。反対側も同様に行う。左右各3~5回行う。

3 体幹のストレッチ(吐く筋肉を意識)

体幹のストレッチ(吐く筋肉を意識)

頭の後ろで両手を組み、ゆっくり息を吸う。鼻から息を吸いきったら口からゆっくり吐きながら手を組んだまま腕を上に伸ばす。手の甲が上を向くように伸ばす。息を吐ききったら元の姿勢に戻し、ゆっくり呼吸する。

4 背中のストレッチ(吸う筋肉を意識)

背中のストレッチ(吸う筋肉を意識)

胸の前で両手を組み、鼻から息をゆっくり吸いながら背中を丸め、両腕を前に伸ばす。息を吸いきったら口からゆっくり吐きながら元の姿勢に戻す。

5 胸のストレッチ(吐く筋肉を意識)

胸のストレッチ(吐く筋肉を意識)

腰の後ろで両手を組み、鼻からゆっくり息を吸う。息を吸いきったら口からゆっくり吐きながら、肩甲骨を寄せるイメージで両腕を下に伸ばしていく。息を吐ききったら元の姿勢に戻し、ゆっくり呼吸する。

ストレッチは仕事の合間などいつ行ってもOKです。毎日続けることで姿勢が良くなり、呼吸も自然と深くゆっくりしたリズムに。その結果、感情も安定しやすくなるといった効果が期待できます。

なお、血圧が高い方は過度に行うと血圧が上昇する可能性があるので、主治医に相談して心地よいと感じる程度で実施することを心がけてください。

姿勢を改善して、体も心もリフレッシュしましょう。

監修者プロフィール
髙橋 康輝先生(東京有明医療大学 保健医療学部 准教授)

【髙橋康輝(たかはし こうき)先生 プロフィール】

東京有明医療大学 保健医療学部 准教授
東京有明医療大学大学院 保健医療学研究科 保健医療学専攻 准教授
川崎医療福祉大学大学院で博士(健康科学)の学位取得後、筑波大学研究員、財団法人国際科学振興財団専任研究員、倉敷芸術科学大学生命科学部健康科学科助教などを経て、2009年より東京有明医療大学准教授。生活習慣病や運動器のトラブル解消など、学術的なエビデンスを一般の人にわかりやすく伝える活動を幅広く行う。

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