口・喉
スマートフォンの使用も影響?顎関節症が増えている理由
監修/宮本 日出先生(幸町歯科口腔外科医院 院長)
ここ数年、顎関節症(がくかんせつしょう)を訴える患者さんが増えているといわれています。顎関節症を引き起こす要因はさまざまですが、スマートフォンの長時間使用など、日常生活の何気ない習慣が影響しており、こうした習慣を変えることが予防や治療につながります。顎関節症の症状や原因となる生活習慣、普段から心がけたい予防対策などについて、幸町歯科口腔外科医院院長の宮本日出先生に伺いました。
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複数の要因が積み重なって顎関節症に
顎関節症は、あごの関節や周辺の筋肉に異常が生じる病気です。①口を開けたときに音がする、②口を開けると、あごの関節や周囲の筋肉などに痛みが出る、③口が思ったように開かない、といった代表的な症状のうち、一つ以上の症状がある場合に顎関節症が疑われます。
顎関節症の原因は一つに決められるわけではありません。日常生活の中で、あごへの負担が積み重なることで発症します。あごに負担をかける要因としては、歯ぎしり、食いしばり、上下の歯を接触させる癖(Tooth Contacting Habit:TCH)、うつぶせ寝、頬杖などが考えられます。こうした要因が積み重なり、あごへの負担が許容量を超えた場合に顎関節症を発症するというわけです。許容量は人によって異なり、男性よりは女性のほうが顎関節症になりやすいほか、女性でも女性ホルモンが不安定になりやすい20歳前後と40代半ば~50代半ば頃に多くなる傾向にあります。
幸町歯科口腔外科医院では、新型コロナウイルス蔓延の状況下に顎関節症の患者さんが増加した印象があります。考えられる理由として、まず行動制限等によるストレスで歯ぎしりや食いしばりが増えたことが挙げられます。また、マスクをする時間が増えたことで、下あごを動かしてマスクのずれを直したり、息苦しさを解消したりしたことで、あごへの負担が増した可能性もあります。マスクをしていたことで口を大きく開ける必要がなくなり、口が開かなくなってもなかなか気づかず、顎関節症が慢性化する患者さんも増えました。
スマートフォンの使用時間が増えたことも影響したと考えられます。スマートフォンを使用する際は、下を向いて猫背になることが多くなります。前かがみになると、下あごが前に出やすくなりますし、無意識に上下の歯を軽くかみ合わせて、下あごが前に出ないように抑えようとする人もいます。どちらも、あごに負担のかかる動きです。スマートフォンは、新型コロナウイルスの流行前から必需品として生活に浸透しているため、今後も注意が必要だといえます。
日常生活でできる対策 スマートフォンを使用する際は姿勢に注意
顎関節症はさまざまな要因が重なって発症するため、これらの要因を一つずつ減らしていくことが大切です。しかし、食いしばり、歯ぎしり、うつぶせ寝のように、寝ている間に無意識に行ってしまう行動をやめることは難しいものです。上下の歯が接触しないように意識することは、起きている間にできる方法の一つです。パソコンやキッチン、トイレなどよく目に付く場所に「上下の歯を接触させない」という内容の付箋やメモを貼って、普段から意識づけを行うのもよいでしょう。
また、近年はスマートフォンの使用時間が延び、より影響が大きくなっていることから、使用習慣を変えることが予防として大きな役割を果たすと考えられます。スマートフォンを長時間連続して使用すると、下あごに負担のかかる姿勢もまた長くなります。そこで、使用開始から15〜20分程度、長くても30分以内でアラームを設定し、アラームが鳴ったらいったんスマートフォンを置くようにしましょう。そして、ストレッチなどで背筋を伸ばし、口を開けてあごの周りの筋肉や関節を動かしてください。長時間行う必要はなく、1回ずつで構いません。休息を挟んで姿勢やあごへの負担をリセットすることが大切です。
スマートフォンを見る際の姿勢自体を改善する方法もあります。スマートフォンを持っている側の肘を反対側の手で体の中央に引きつけるようにすることで、画面の位置が高くなり、猫背になりにくくなります。
スマートフォンだけでなく、パソコン作業のときも、前かがみにならないように注意したいものです。特にノートパソコンは、視線が下がって猫背になりがちです。可能であれば、パソコンの下に台を置くなどして画面の高さを上げ、背筋を伸ばせるようにするとよいでしょう。
早期治療が大切!受診の目安を知っておこう
もし顎関節症と思われる症状が出た場合は、早めに受診することが大切です。以下に受診の目安を示します。
●口を開けたときに音がする場合
口の開けにくさや痛みがなく、音だけしか症状がない場合は、症状が軽いため治療は不要と考えられています。前述の予防法を心がけてみてください。
●口を開けると、あごに痛みが出る場合
痛みがある状態は生活にも支障が大きいため、受診が必要です。
●口が思ったように開かない場合
どの程度口が開けられるのか、自分で調べてみましょう。口を開けたときに、下図のように指を縦に揃えて何本入れられるか確認します。
・指3本が問題なく入る場合:
正常と考えられるため、受診は不要です。
・人差し指と中指の2本は入るが、薬指も合わせた3本は入らない場合:
知らないうちに顎関節症になって、慢性化している状態の可能性があります。この状態からの治療は長期間を要することが多いため、早めの受診と歯科医との治療方針相談が必要と考えられます。
・人差し指1本は入るが、人差し指と中指の2本は入らない場合:
顎関節症になって間もない状態の可能性があります。早めの受診が推奨されます。
・人差し指1本も入らない場合:
顎関節症よりも重い病気の可能性があるため、受診が必要と考えられます。
顎関節症は早期に治療を開始するほど治りやすく、放っておくと慢性化して治療も長びく傾向にあります。口の開けにくさや痛みが出始めてから2~3日経っても症状が改善しない場合は、1週間以内に受診しましょう。頻度は低いですが、腫瘍や骨の異常など、顎関節症以外の病気で症状が出るケースもあるため、まずは他の病気がないかどうか調べる必要があります。受診先はかかりつけの歯科で構いません。必要に応じて、専門治療ができる病院を紹介してくれるでしょう。かかりつけの歯科がないようであれば、口腔外科を受診すると、あごの状態を詳しく調べることができるほか、日本顎関節学会のWebサイトには顎関節症専門医の一覧も掲載されています。
治療を行う場合も、生活習慣を見直して、あごへの負担となる要因を減らすことが基本です。生活習慣へのアプローチが難しい場合や、十分な効果が得られない場合は、消炎鎮痛剤(しょうえんちんつうざい)の処方や、あごへの負担を軽減するためのマウスピースの作製などを行います。投薬などによって一時的に症状が緩和されても、生活の中での要因を取り除くことができなければ、再び症状が出てしまい、治療に依存することになってしまいます。日常の中で可能な限り要因を取り除くことが、顎関節症の治療では何よりも大切です。
監修者プロフィール
宮本 日出先生(幸町歯科口腔外科医院 院長)
【宮本日出(みやもと ひずる)先生プロフィール】
幸町歯科口腔外科医院 院長
1990年、愛知学院大学歯学部卒業。石川県立中央病院歯科口腔外科入職。北陸初の顎関節症造影検査や内視鏡手術を導入する。アデレード大学や明海大学で臨床研究、基礎研究に取り組んだ後、明海大学病院顎関節疾患総合診療センター長等を経て2007年、埼玉県志木市にクリニックを開業。日本顎関節学会 専門医/指導医。同学会代議員。