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ミライのヘルスケア

脳と機械をつないだら、麻痺していた手が動いた!? ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)はここまで進んだ

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監修/牛場潤一先生(慶應義塾大学理工学部生命情報学科 教授)

脳と機械を連動させる新たな技術、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)。この技術を医療に応用する研究が進められており、脳卒中後のリハビリに実際に有効であることが、複数の学術論文で報告されています。BMIによって、今何ができるようになっているのでしょうか。また、未来の医療はどのように変わっていくのでしょうか。慶應義塾大学理工学部生命情報学科教授 牛場潤一先生に伺いました。

脳と機械をつなぐと何ができるのか?

BMIとは、脳と機械を接続する技術のことです。医療分野で使われているBMIは、脳と機械の間で情報をどのようにやり取りするかによって、3種類に大別できます。

1.脳から機械に情報を送るBMI

脳の信号を読み取ることで、念じたとおりに機械を動かせるBMIです。牛場先生の研究は、脳卒中による手の麻痺を改善するためのもので、開発したリハビリ機器はこのタイプのBMIに該当します。脳卒中で手が麻痺した患者さんが「手を動かそう」と念じると、脳の信号をBMIが読み取って手に装着した機械を動かし、手を動かすものです(詳細は後述)。現状、国内外で実用化が活発に進められています。

このタイプのBMIでは、脳の信号を読み出す方法として、開頭手術を行って脳の中に電極を入れるもの(侵襲型)と、手術をせずに頭の外側から装置をつけるもの(非侵襲型)があります。前者のほうが脳の信号を正確に読み出すことができますが、後者のほうが体を傷つけずに済むため、少ない負担で使用できます。

2.機械から脳に情報を送るBMI

外部の刺激を変換して、脳に刺激を与えることで感覚を伝えるBMIです。例えば、外部の音を電気信号に変えて聴覚神経に刺激を与えることで、音が聞こえない人に音を届ける「人工内耳」も、機械と脳が接続されているのでBMIの一つです。人工内耳は既に保険適用が認められています。

3.脳内の情報処理過程に介入するBMI

脳の中で特定の情報処理が行われる部位を刺激することで、体の機能を調整するBMIもあります。パーキンソン病などの治療に使われている脳深部刺激療法(DBS)がこれにあたります。脳に電極を埋め込み、脳内で異常な神経活動が生じている部分に電気刺激を与えることで、症状を緩和させます。DBSも既に保険適用となっています。

脳が柔軟に変化する性質を利用

牛場先生は、脳卒中を発症して重度の麻痺が生じた患者さんのリハビリに、BMIを活用する研究を行ってきました。この研究では、脳の持つ「可塑性かそせい」が利用されています。可塑性とは、刺激や経験によって脳の特性が柔軟に変化し、その特性がそのまま定着して機能が再構築される現象のことです。

通常、体を動かそうとすると、脳の中の「運動野」が反応して、運動シグナルを発します。このシグナルが神経を通って筋肉に伝わり、体が動きます。この筋肉の反応や体の動きは脳にフィードバックされ、一連の流れによって、体を動かすために必要な脳の機能が維持されています。

一方、脳卒中により麻痺が生じている患者さんでは、脳の血管が詰まったり破れたりしたことで、運動野から筋肉につながる神経経路が傷ついているため、体を動かそうとしても運動シグナルが筋肉に届かず、動かせない状態です。しかし、脳には可塑性があるため、脳卒中によって傷ついた経路を肩代わりしてくれるような経路(代償経路)を探索します。この代償経路がうまく活性化されれば、運動シグナルが筋肉に届くようになり、手を動かせるようになります。

正常な状態、脳卒中の状態、代償経路が活性化された状態

しかし、代償経路を自力で十分に活性化させるのは困難です。従来のリハビリも、脳に直接アプローチするわけではないため、麻痺が治らない患者さんが多くいました。特に、脳卒中発症から6カ月経つと、それ以上機能が回復しないと考えられてきました。そのような状況であっても、BMIを使えば脳の可塑性をうまく引き出せるのではないか、と考えたのが牛場先生の研究です。

BMIの力を借りると、重度の麻痺にもリハビリ効果が

BMIを使ったリハビリでは、まず、患者さんの頭に脳波をキャッチするセンサーを装着します。手術は不要で、髪の毛をかき分けて頭の上からつけます。また、麻痺した手にはロボットを装着します。患者さんが手を動かそうと念じると脳波が出ますが、手を動かすために正しいシグナルが出たとシステムが判断したときのみ、手に装着されたロボットが動いて手を動かします。

脳卒中で麻痺が続いていると、手の動かし方そのものを忘れてしまい、手を動かそうとしてもまったく機械が反応しないことも少なくありません。しかし、最初はうまくできなくても、コンピュータに表示される自分の脳波の変化を見ながらリハビリに取り組むことができるため、調整を重ねながらどのように念じればロボットを動かせるのか、コツをつかみやすくなっています。これを繰り返すことで、脳の可塑性によって新たな経路が形成されると、最終的にはBMIを外した状態でも手を動かせるようになります。

1.手を動かそうと念じる。2.システムが脳波を解析し、手を動かすときの正しいシグナルを識別する。3.ロボットが動いて麻痺した手を動かす。4.筋肉の反応や手の動きが脳にフィードバックされ、新たな経路が形成される。

脳卒中発症から6カ月以上経過し、重度の麻痺が残ったままの患者さんを対象として、BMIを使ったリハビリを2週間にわたって(土日を除く10日間)実施したところ、7割以上の患者さんで、筋肉が反応したり、指が動いたりするなど、何らかの改善がみられました。2021年の脳卒中治療ガイドラインには、BMIの有効性が初めて記載されました。

まったく動かなかった手が少しでも動くようになると、食事や仕事などの際に補助的に手を使えるようになるため、できることの幅が広がり、生活の質が高まります。牛場先生は、このBMI技術の実用化を目指して、準備を進めています。また、手だけでなく、肩のリハビリを目指した研究開発も進めています。

※Kawakami et al. A new therapeutic application of brain-machine interface (BMI) training followed by hybrid assistive neuromuscular dynamic stimulation (HANDS) therapy for patients with severe hemiparetic stroke: A proof of concept study. Restorative Neurology and Neuroscience 2016 Sep 21;34(5):789-97.

将来は他の病気への応用も

今後、BMI技術によって脳の可塑性を引き出す技術が発展すると、脳卒中のリハビリだけでなく、うつ病やてんかんの治療、痛みや脳の疲労の解消、ジストニア(筋肉のこわばりや手の震えが生じる病気)のコントロールなど、他の病気や症状の改善にも応用できる可能性があります。また、自宅でリハビリができるようなヘルスケア機器などの開発も期待されます。

一方、これまでの医療では治せなかった病気や症状をBMI技術によって改善させようとした場合には、思わぬ副作用などが生じる可能性も否定できません。BMI技術の研究開発は、脳への作用によって安全性の問題が生じないかどうか見極めながら研究を進める必要があります。

BMI技術の研究は、脳の可塑性と密接に結びつくため、脳の基本原理の解明につながることも期待されます。脳のしくみが詳しくわかるようになれば、結果的に医療への応用の幅が広がったり、さらに治療効果の高い方法が見つかったりする可能性があります。現段階では「もう治らない」とされているような疾患や症状も、近い将来、諦めなくて済むようになるかもしれません。

監修者プロフィール
牛場潤一先生(慶應義塾大学理工学部生命情報学科 教授)

【牛場潤一(うしば じゅんいち)先生プロフィール】

慶應義塾大学理工学部生命情報学科 教授
2001年慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業。2004年博士(工学)取得。同年、慶應義塾大学理工学部生命情報学科助手に着任。2007年同専任講師、2012年同准教授を経て、2022年より現職。2014~2018年、慶應義塾大学基礎科学・基盤工学インスティテュート(KiPAS)主任研究員。研究成果活用企業である株式会社LIFESCAPES代表取締役を兼務している。

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