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ミライのヘルスケア

がん診断はここまできた 血液1滴で13種のがんを超早期発見

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監修/落谷孝広先生(東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授)

みなさんは、がん検診を受けたことがありますか。胃、大腸、子宮、肺……と部位ごとにそれぞれの検査法で行われています。検査によっては不快感や苦痛を伴う場合もあります。最近の研究では、血液1滴で13種類ものがんを検知する方法が開発され、実用化に向けて検討が進んでいます。この技術はどのようなものなのでしょうか。東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授の落谷孝広先生にうかがいました。

血液中の何を見たらがんが分かるの?

血液中には、「マイクロRNA」という物質が含まれています。これを解析することでがんを見つけようという官民協力によるプロジェクトが、2014年にスタートしました。

難しそうな言葉だな、と思われるかもしれませんが、物質を示す記号だと思って、読み進めてください。

プロジェクトのメンバーである国立がん研究センター中央病院が長年収集してきたがん患者さんの血液標本とがんではない人の血液中のマイクロRNAを比較した結果、がん患者さんの血液のマイクロRNAの組成には、がんの種類ごとに特徴的なパターンがあることが分かってきました。

例えば胃がんなら胃がんに特徴的な組成パターンが、乳がんには乳がんに特徴的なパターンがあるという具合です。研究グループはこうした検討を13種類のがんについて検討を重ね、それぞれのがんに特有なパターンがあることを見出しました。

●血液1滴で検出できる、13種類のがん

検出の精度は99%!2時間で結果が分かる

この研究結果を検査薬として実用化すべく、現在日本の化学企業や電機企業が試行錯誤してきました。ある電機企業は、非常にコンパクト化した機器の開発に成功しています。

予備的な検討では、精度は99%で、検査から結果が出るまでの所要時間はわずか2時間で済むということです。有効性を示す結果が蓄積すれば、将来は診療所や薬局でがんの検査が日常的に行われるようになるかもしれません。

こうした検査法が普及すれば、がんという病気のとらえ方がさらに変わってくる可能性もあります。

がんの治療成績は急速に向上し、5年生存率も伸びてきました。「がんは死の病気」と怖れられていた時代は過去のものになりつつあります。とはいえ、進行したがんはやはり厳しい病気で、38万人以上ががんで命を落としており(2022年)※1、発見が遅れれば依然として手強い病気です。例えば肺がんの5年生存率はステージⅠでは81.5%ですが、ステージIIでは51%に低下、ステージⅢでは28.6%、ステージIVでは8%になります※2(国立がん研究センター)。

※1:がん情報サービス がん統計(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html)を2024年8月22日に参照
※2:がん情報サービス 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム(https://hbcr-survival.ganjoho.jp/graph?year=2014-2015&elapsed=5&type=c24#h-title)を2024年8月22日に参照

究極のがん対策は、できる限り早期にがんを発見して、治療することです。頼みの綱はがん検診ですが、日本は検診の受診率が先進国中低いことが知られており、しかも検診で見つかるがんは胃がんや大腸がん、肺がんなど限られています。しかも現在の技術では早期がんの見落としも少なくないとされています。もし血液1滴で13種類のがんを見つけることができれば、「仕事や家事で忙しい」ことを口実に検診を怠ってきた人にとっても、あるいはまじめに検診を受けても検査の対象外となっていたがんにかかる可能性がある人などにとっては大きな福音です。

この検査法で早期発見が可能な理由

ところで、「血液でがん検査」というと、「腫瘍マーカー」を思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれません。

腫瘍マーカーは、がん細胞が死滅して偶然に血液中に出てくるたんぱく質や糖の断片を調べる方法です。がんになると、正常細胞では作らない珍しいたんぱく質や糖を作ることがあります。これはおおよそがんの大きさを反映していると考えられていることから、治療効果のモニタリングに使われており、現在42種類ほどが知られています。消化器がんではCEA、すい臓がんのCA19-9、卵巣がんのCA125などがあります。これらが低下していればがんが小さくなっている、上昇してくれば大きくなっていると判断します。

しかし、これらは必ずしも、がんの実態を正確に反映しないことも少なくありません。つまり良性の病変などでも上昇してしまうことが多々あります。腫瘍マーカーが上昇してくると、患者さんは心配になりますが、むしろ腫瘍マーカーの増減で一喜一憂しないようにとアドバイスする医師が増えています。そして、早期のがんでは、腫瘍マーカーの値はほとんど変動しません。

マイクロRNAがどのくらい、がんの実態を反映しているのかどうかの判定は、今後の臨床試験の結果を待つ必要がありますが、早期がんの判定を目指してピックアップされた組み合わせであるために、期待が持てます。

マイクロRNAは、「エクソソーム」というカプセルに入った状態で運ばれます。エクソソームは、ほとんどの細胞から分泌されているもので、それぞれの細胞に特徴的なマイクロRNAを含んでいます。がんが初期の段階でも分泌されるので、これを調べれば、早期のがんを見つけることができるというわけです。

脳卒中や認知症などの診断にも利用

最近は、脳卒中、心筋梗塞、静脈閉塞症といった循環器疾患や、うつ病、認知症などの神経疾患の診断にも利用できることが明かになっています。現在の脳卒中の医療では、発症後できる限り短時間で医療機関に搬送し、治療することが何よりも重要とされています。血液中のマイクロRNAの変動を日頃からチェックしておくと、発症時期を予測できることが分かってきました。近い将来は、脳卒中の発症を予知して未然に防ぐことができるようになるかも知れません。

うつ病や認知症も早期には正確に診断することが困難な病気ですが、血液のマイクロRNAを調べることによって、正確で簡便な診断が実現できるようになると期待され研究が進んでいます。

またマイクロRNAやエクソソームは血液中にだけ存在するわけではありません。尿や唾液、汗や涙からも見つかっています。ということは、将来は採血すらせずに様々な検査ができるようになるかもしれません。毎朝、少量のおしっこを検査キットにたらすだけで健康状態を知ることができる、さらに、その情報があらかじめ契約しておいた医療機関に送達されて、がんの超早期診断、超早期介入、さらには脳卒中の予防治療が開始される――。そんな時代が近づいています。

監修者プロフィール
落谷孝広先生(東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授)

【落谷孝広(おちや たかひろ)先生プロフィール】

東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授
1988年大阪大学大学院博士課程修了(医学博士)。米国ラホヤがん研究所(現、SFバーナム医学研究所)でポストドクトラル・フェロー。92年国立がん研究がん研究センター研究所主任研究員。93年同研究所分子腫瘍学部室長。1998年同研究所がん転移研究室長。2010年同分子細胞治療研究分野、分野長、2018年より同研究所分子細胞治療研究分野プロジェクトリーダー。2019年から現職。著書に『医療を変えるエクソソーム』(化学同人)など。

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