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ミライのヘルスケア

脳をだましてダイエット!? VRで満腹感をコントロール

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監修/鳴海拓志先生(東京大学大学院情報理工学系研究科准教授)

「これ以上食べちゃいけない。でも食べたい……」。お菓子に伸びる手がなかなか止まらなくて罪悪感にさいなまれた経験のある人に、朗報です。「食べる量を減らしても、同じ満足感を得られる」ということが可能になる日が近いかもしれません。その方法は、VRを使って“脳をだます”というもの。五感が互いに影響し合う「感覚間相互作用」を利用するものです。東京大学大学院情報理工学系研究科准教授の鳴海拓志先生にお聞きしました。

プレーンクッキーがチョコレート味に

 私たちは、目で見て物を確認し、鼻で匂いを認識し、舌で味を感じます。例えば、チョコクッキーを食べたときには、視覚、嗅覚、味覚から、総合的に脳が「チョコクッキー」と認識します。

 ところが、見た目や匂いを変えると、“脳がだまされる”という現象が生じます。

 こんな実験をしました。VR(仮想現実)を利用して、プレーンのクッキーの見た目をチョコクッキーにし、チョコレートの香りを流します。この状態でプレーンクッキーを食べると、脳は「チョコクッキーを食べた」と認識したのです。チョコレートだけでなく、アーモンド味などでも試しましたが、同様の結果で、実験の対象者の7割が、実物の味ではなく、“狙った味”を認識しました。「味」は、舌で感じる味覚だけで決まるわけではない、ということです。

●プレーンクッキーの見た目をチョコクッキーに

(画像:鳴海氏提供)

 このように、複数の感覚が影響し合って感じ方が変わることを、「感覚間相互作用(クロスモーダル)」といいます。

 これは、どの感覚の間でも起こることで、聴覚も味覚に影響を与えます。

 海外の研究ですが、チョコレートとビールを例にした実験で、次のような報告があります。チョコレートを食べているときに、フルートのような柔らかく滑らかな音と弦を弾くような角ばった感じの音を聞かせました。すると、柔らかい音を聞いているときには甘みがより強く感じられ、角ばった音では苦みが増幅されるという結果になりました。ビールの実験は、甘いビール1種類と苦いビール2種類を飲みながら、それぞれを音で表現するとどの高さ(ピッチ)になるかを選んでもらったところ、甘いビールでは高い音が、苦いビールでは低い音が選ばれました。

 低カロリーな食品を、「食べたいけれど高カロリーだから躊躇する」食品に見た目を変えて、音で感じたい味覚を強調するということができれば、ダイエットに一役買うことができるかもしれません。

大きく見せたら食べる量が減った!

 変わるのは、味だけではありません。大きさを変えて見せることで、食べる量が変わる、ということが分かりました。

 VRを使って、クッキーの大きさを変えて見せます。この時、手の大きさは変えずに、クッキーの大きさだけが違うように見せるところがポイントです。こうすることで、本当に大きなクッキー、あるいは小さなクッキーと認識できることになります。すると、大きく見せたときは食べる量が減り、小さく見せたときは食べる量が増えるということが示されました。大きく見せたときは食べる量が平均約9.3%減り、小さく見せたときには約13.8%、食べる量が増えていました。

●クッキーの見た目の大きさを変えたら食べる量が変わった

(画像、データ提供:鳴海氏)

※鳴海拓志,伴祐樹,梶波崇,谷川智洋,廣瀬通孝:拡張現実感を利用した食品ボリュームの操作による満腹感の操作,情報処理学会論文誌,Vol.54 , No.4,pp.1422-1432, 2013年4月.

 満腹感は、実際に食べた量そのものや血糖値だけで決まるわけではなく、視覚など感覚の影響を受けているということが分かります。これを「拡張満腹感」といいます。

 食べる量を自分でコントロールするのはなかなか難しいものです。こうしたシステムを利用すれば、苦労せずに食べる量を減らす助けになるでしょう。

ほかにもある!“脳をだます”方法

 味覚のほかにも、感覚間相互作用(クロスモーダル)を利用して“脳をだます”方法はいろいろあります。

 その一つが、すでに実用化されている「白い段ボール」です。運送会社の段ボールは多くの場合、白いですよね。これは、黒いものより白いものの方が軽く感じる、という現象を生かしたものです。感覚だけでなく、実際の筋肉の反応も、黒い場合は「重いものを持ち上げる」という先入観で力が入るせいか、余計な筋力を消費し、疲れの度合いも大きくなることが分かっています。

 また、鏡に映った表情を変えると気分も変わる、という実験も行っています。表情を「笑った顔」にすると、感情も明るくポジティブになり、「悲しい顔」にするとネガティブな感情がわいてきました。「楽しいから笑う、悲しいから泣く」のではなく、「笑うから楽しい気分になる、泣くから悲しい気持ちになる」ということです。

 こうした技術を利用して、「楽しい気分で、食べたい味を、少量楽しむ」ことで満足感を得られる、我慢や苦労が少ないダイエットが実現される日も遠くないといえるでしょう。

監修者プロフィール
鳴海拓志先生(東京大学大学院情報理工学系研究科准教授)

【鳴海拓志(なるみたくじ)先生プロフィール】

東京大学大学院情報理工学系研究科准教授。
1983年福岡県生まれ。2006年東京大学工学部卒業。11年、東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了、同大学大学院情報理工学系研究科助教に就任。16年に同講師。19年より現職。日本バーチャルリ アリティ学会論文賞、グッドデザイン賞など、受賞多数。

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