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睡眠・休息・メンタルケア

「うつ病?」と思ったときに知っておきたい基礎知識 症状から相談・治療、セルフケアまで

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監修/井原 裕先生(獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 診療部長)

気分が落ち込んでしまい、どうにもやる気が出てこない……。誰でも一度はそんな経験があるはずですが、つらい状態が長く続き、日常生活にも支障が生じるようであれば、うつ病という心の病気の可能性があります。近年うつ病の患者数は増加傾向にあるといわれていますが、発症を防ぎ、それ以上悪化させないためにも、まずはうつ病やうつ状態について正しく知ることが大切です。うつ病を理解するうえで大切なポイントについて、獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 診療部長の井原裕先生に伺いました。

うつ病とは

現在、日本では約420万人の人がうつ病や双極性障害などの精神疾患にかかっているといわれています。厚生労働省の「患者調査(平成29年)」※1によれば、外来と入院を合わせた患者数は419万3000人にものぼり、その数は近年増え続けています。

精神疾患の中でも、もっとも多いのがうつ病です。うつ病は、気分が落ち込み、良いことがあっても喜びを感じないという心の病気で、以下に当てはまる場合に医師はうつ病を疑い診断します。

※1 https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000851859.pdf(2023年7月19日に参照)

うつ病の主な症状

■医学的なうつ病の定義

以下の症状のうち、少なくとも1つある。

  1. 1  抑うつ気分(憂うつになる、気分の落ち込みがあること)
  2. 2  興味または喜びの喪失

さらに、以下の症状と併せて、合計で5つ以上が認められる。

  1. 3  食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
  2. 4  不眠あるいは睡眠過多
  3. 5  精神運動性の焦燥または制止(体の動きが遅くなったり、口数が少なくなったりする。逆にじっと座っていられないほど焦燥感が強くなったり、落ち着きなく体を動かしたりする)
  4. 6  易疲労感(いひろうかん:疲れやすいこと)または気力の減退
  5. 7  無価値感または過剰(不適切)な罪責感(自分を責める気持ちになること)
  6. 8  思考力や集中力の減退または決断困難
  7. 9  死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図

上記症状がほとんど一日中、ほとんど毎日あり、2週間にわたっている症状のために著しい苦痛または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能障害を引き起こしている。これらの症状は一般身体疾患や物質依存(薬物またはアルコールなど)では説明できない。

この定義※2の最後に「上記症状がほとんど一日中、ほとんど毎日あり2週間にわたっている」という一文があり、これに当てはまらない場合はうつ病に至る前の「うつ状態」ということになります。ところが、厳密には当てはまっていなくても大枠で該当していれば「うつ病」とされるケースもあるのが現状です。

※2 『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院、日本精神神経学会監修、2023年)

うつ病の原因

うつ状態といっても症状の現れ方は多彩で、その程度にもかなり幅がありますが、多くはストレスに対する抵抗力が下がったことで生じます。うつ状態に陥るきっかけの一つとして挙げられるのが職場でのストレスです。仕事量が多すぎる、拘束時間が長い、達成できないほど高いノルマや目標が設定されている、上司や同僚との人間関係が良くない、いじめやハラスメントなど、職場でのさまざまなことがストレスと感じられることがあります。

原因は職場に限ったことではありません。介護問題、家庭内暴力(DV)、学校でのいじめなど、現代社会では多くのストレスにさらされることになります。そういったストレスに対する気分の落ち込みや、食欲が湧かない、眠れないといった身体的症状が現れるのがうつ状態です。

現代の精神科医療では、このような症状を訴える患者さんに対して抗うつ薬を処方することが一般的です。ただし、抗うつ薬に対する過度な期待は禁物です。うつ病やうつ状態に対して処方される抗うつ薬の多くは、脳内で分泌されるセロトニンなどの神経伝達物質に働きかけることで症状を改善させるもので、ストレスに強くなって元気になる特効薬ではありません。

環境要因について

症状の改善のための治療と、原因である問題は切り分けて考える必要があるでしょう。うつ状態の原因が職場や学校、家庭などの環境にある場合は、そもそもの根本原因への介入が必要なケースもあります。

例えば、専門診療科が患者さんの職場などの問題に介入する場合には、うつ状態の原因となっている職場の問題を指摘した診断書を作成して組織に提出するなど、直接的な介入を行うこともあります。もちろんこのような対応は、患者さん自身が環境の改善を望む場合に限りますが、そのように周囲の支援者のサポートを得て原因となる問題が取り除かれることによって、患者さんの症状が改善されることもあります。

生活習慣要因について

職場などの環境要因がなくても、うつ病やうつ状態になることはあります。そのようなうつ病の原因の一つとして、日照時間の少なさや季節の影響があることが知られています。季節性うつと呼ばれているもので、日照時間や季節がメンタルに影響します。

しかし、人間はもともと季節の変化に対応できる柔軟性を持っており、日本はヨーロッパの主要国に比べて赤道に近く、夏と冬の日照時間差がヨーロッパほど極端ではありません。そのためヨーロッパで問題視されているほど、日本では季節性うつは起こりにくいといわれています。

季節の変わり目のメンタル不調といえば5月病がありますが、5月病は日照の影響というよりも生活リズムの変化による影響が大きいと考えられます。新年度が始まる4月や大型連休明け、夏休み明けにメンタル不調になる人がとても多いのも、長期休みの間に起床・就床リズムがずれてしまうことによるところが大きいとみられています。長期休みがない社会人でも、転勤や部署異動などで通勤時間や生活リズムが変わる春や秋にメンタル不調を訴える人が増えます。

うつ病の治療

環境や生活習慣にうつ病やうつ症状になる要因が潜んでいることは前述の通りです。しかし、ただでさえ気分が落ち込んでいるときに、生活習慣を見直そうといってもできるものではありません。頭では理解していても、毎日決まった時間に寝る、運動する、といったことを自分の意志で毎日続けるのは大変なことです。

精神科医はそのような患者さんをサポートする存在でもあります。服薬やカウンセリングなどの治療だけが医療の役目ではありません。「もしかしたらうつ病かも」と思った段階でも、一人で抱えて思い悩むより思い切って専門機関に相談してみることが大事です。

例えば、井原先生の外来では、うつ病やうつ状態と診断された患者さん全員に、起床・就床時間と睡眠時間を記入する「睡眠日誌(スリープログ)」をつけてもらっているそうです。毎日の記録の横には、その日の歩行歩数を記入できる欄もあります。

睡眠や生活習慣の乱れがみられる患者さんは、睡眠日誌をつけたうえで、初診からしばらくは毎週1回受診することになります。どんなに頑張っても生活習慣を改められないという方でも、多くの人は通院を続けるうちに生活リズムがつかめてきて、徐々にメンタルが安定してくると井原先生はおっしゃいます。

うつ病のセルフ予防

今、精神科を訪れるうつ病患者さんの多くは、忙しい現代社会のなかで、睡眠不足や不規則な生活、過度の飲酒など、生活習慣の問題を抱えているケースが非常に多いと井原先生はおっしゃいます。睡眠リズムの改善やアルコール常用を見直すなどの療養指導と、患者さん個々人に合わせた簡便な精神療法によって治癒する例も少なくないといいます。つまり、生活習慣のなかで行う「セルフ予防」がとても大切なのです。

良い睡眠のために生活習慣を見直す

特に重要なのは「睡眠」です。現代人は、睡眠時間が短いことに加えて、起床時間・就床時間が遅くなっています。それにより睡眠の質が下がり、メンタルの不調を引き起こす一因となっているのです。

「うつ状態はストレスに対する抵抗力が下がっているということ」だと説明しましたが、十分な時間、質の良い睡眠をとることは、ストレスに対する抵抗力を高めることにつながります。つまり、良い睡眠により、うつ状態を軽減・改善させるだけでなく、予防することにもつながります。

睡眠中の体の中では、成長ホルモンや性腺刺激ホルモンなどのたんぱく質をつくり出すホルモンが分泌されています。これらのホルモンは昼間の紫外線などでダメージを受けた肌を修復する働きがあり、良い睡眠は肌の美しさを保つのに欠かせません。同じことが心の健康に対しても言え、日中のストレスで傷んだ心身を寝ている間に修復しているのです。

できれば日の出とともに起きて、日没後に眠るという地球のリズムに合ったパターンが理想ですが、現代人にはなかなか難しいでしょう。したがって時間帯はそれぞれで構いません。ただし、何時であれ、そのパターンを固定することが大切です。

そして、良い睡眠のために大切なのが運動です。それほど大きな負荷をかける必要はなく、よく歩いて、太ももやお尻といった大きな筋肉を意識して使うようにしましょう。適度な疲労を感じることで、睡眠の質を高めることにつながります。また、アルコールを取ると短時間で覚醒してしまい、睡眠の質も下がります。できればお酒は控え、体に良いバランスの取れた食事を心がけることも大切です。良質な睡眠や運動、禁酒が体の健康や美容に良いことはもちろんですが、同様にメンタルにも良い影響を与えると考えられます。

改めて、メンタル不調を改善するために大切なことをまとめておきましょう。

  • 毎日7~8時間眠る(8時間以上の長すぎる睡眠はNG)※3
  • 毎日同じ時間に起床する(自然と同じ時間に眠くなる)
  • 毎日歩く(最初は1日3000歩程度から。できれば毎日7000歩以上)
  • お酒を控える

うつ病は「心の病」や「脳の病気」などといわれますが、現代人に多いうつ状態は、実は「生活習慣病」に近いものなのかもしれません。糖尿病を悪化させないために根本原因である肥満や食生活を見直すのと同じように、職場環境などのストレスの根本原因にしっかり対応したうえで、睡眠や生活習慣を見直す。そのようにして心身共に健康な生活を送りましょう。

※3 Li X, et al. Front Physiol. 2023;14:1085091.

監修者プロフィール
井原 裕先生(獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 診療部長)

【井原裕(いはら ひろし)先生プロフィール】

獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 診療部長
1962年神奈川県生まれ。東北大学医学部を卒業後、自治医科大学大学院博士課程修了(医学博士)。ケンブリッジ大学大学院博士号(Ph.D)取得。順天堂大学医学部准教授を経て、2008年から現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学。『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)など著書多数。

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