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心と体を癒す「音楽」の力 ~音楽を活用したストレスケア~

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監修/星野悦子先生(上野学園大学音楽学部音楽学科特任教授)

音楽は、生活の中で私たちに寄り添い、さまざまな機能を果たしています。新型コロナウイルス感染症の影響で、行動が抑制される生活の中、音楽を聴くことに楽しみを見いだした人も少なくないと思います。音楽は心身にどのような影響を与えているのでしょうか。音楽を使ったストレスケアについて、音楽心理学の専門家である上野学園大学音楽学部音楽学科特任教授 星野悦子先生に伺いました。

音楽が心と体に及ぼす、さまざまな影響

好きな音楽を聴いて元気をもらったり、感情が揺さぶられたりした経験は、多くの人がお持ちなのではないでしょうか。日常のさまざまな場面で感じられる音楽の効用を、まとめてみたいと思います。

音楽が心身に及ぼす影響は複合的で、大きく3つの側面に分けられます。

①生理的・身体的なレベルの直接的な影響

耳から入った音楽は、脳へと伝わり、全身に影響を及ぼします。自律神経系に作用して、心拍や血圧が変化し、興奮や鎮静、リラクゼーションなどの効果がもたらされます。同時に、心の状態にも影響を与え、感情、知覚、認知を活性化させることが分かっています。

②間接的な影響

音楽そのものではなく、音楽を聴くことによって思い起こされる記憶や感情も影響を与えます。例えば、子供時代や青春時代に流行した歌を聴くことで、当時の記憶がよみがえり、楽しかった思い出に浸るうちに、心が明るくなることがあります(*)

(*)こうした現象は「音楽のレミニセンス・バンプ(思い出のこぶ)」と言ってもよいでしょう。
出典:Platz, F. et al. (2015). The impact of song -specific age and affective qualities of popular songs on music-evoked autobiographical memories (MEAMs). Musicae Scientiae, 19(4), 327-349.

③人々をつなぐ社会的側面

他人とともに音楽を楽しむことで、人のつながりが生まれることもあります。例えば、誰かと一緒に歌ったり、音楽に合わせて体を揺らしたりダンスをしたりすることで、親密感や仲間意識が芽生えることがあるでしょう。

音楽から受ける影響には個人差がある

音楽を形づくる要素は多様で、テンポ(速度)、リズム(律動)やメロディー(旋律)、ピッチ(音の高さ)、ハーモニー(和音)、高低の音域や輪郭、歌詞のメッセージ性など、さまざまな要素が複雑に絡み合って構成されています。曲調や音の高さ、リズムや速度が違えば受ける印象も変わり、それに伴って心身の反応も変化します。

例えば、アップテンポの曲には気分を高揚させる効果があり、ゆったりとしたテンポと落ち着いたリズムの曲には鎮静効果があるといわれています。そして、高音のほうが明るく楽しい気分になりやすく、低音は暗く悲しい気分を誘発しやすくなります。
映画やドラマなどでこの原則に沿って音楽が効果的に使われていることを、みなさんも感じているのではないかと思います。

また、ほとんどの曲にはテンポや音の高低に変化の波があり、一つの曲の中でリズムや曲調ががらりと変わることも少なくありません。展開が激しく変化する音楽は、驚きや動揺、落ち着きのなさなどを生み、短時間の間に喜びと悲しみ、高揚と鎮静など、異なる感情が交じり合った混合感情につながることもあります。

しかし、同じ音楽を聴いていても、その音楽に対する興味の有無や好き嫌いに応じて、受ける印象は異なります。例えば、テンポやリズムのゆったりした音楽に鎮静効果があるとされていても、激しいリズムでテンポの速いパンクロックなどを好む人にとっては退屈なだけかもしれません。

それだけに、音楽が人に及ぼす影響についても、生理的・身体的レベルで導きだせる基本的な特徴や傾向は分かっているものの、「誰にでも同じように効果的な音楽」というものが存在するわけではありません。個人の趣味嗜好や文化差、社会的背景なども影響するため、因果関係の判断は難しく、さまざまな観点から慎重に研究が進められています。

音楽でストレスを緩和するためのヒント

誰にでも効く「特効薬」のような音楽はないものの、音楽がもつ基本的な特徴に基づいて、心理状態やストレスの性質ごとにおすすめできる「原則」を導き出すことはできます。

基本的には、その時の気持ちに合う、共感しやすい曲を聴くとストレスの緩和に役立つでしょう。例えば、イライラした気分を発散したい時には、激しめの曲を選ぶと効果的です。逆に、気持ちが落ち込んでいる時には、ゆったりと穏やかな音楽がお勧めです。気分が落ち着いてきたら、少しずつテンポを上げていくと、元気が出るようになります。ただし、落ち込んでいるときにあまりに暗い音楽を聴き続けてしまうと、さらにつらい気持ちが喚起されるおそれがあるので注意が必要です。

人付き合いに疲れた時や集中したい時は、できるだけリズムや響きがシンプルな音楽を、逆に人恋しくなったら、エモーショナルな表現が織り込まれた音楽を聴いてみましょう。その音楽の世界観に入り込んで、歌詞に共感したり、慰められたりするうちに、励まされ、勇気づけられたような気分になります。

また、青春時代に体験したことは記憶に残りやすく、10代後半~20代にかけて繰り返し聴いた思い出の曲などは、生涯心に残るといわれています。懐かしさを感じる曲は、喜び、幸せ、満足、リラックスなどポジティブな感情を呼び起こしやすいのです。当時好きだった音楽を聴いて、ストレスフルな現実をいっとき忘れるのもよいかもしれません。

社会の中でも、音楽は活用されている

音楽の力は、病院や介護施設などでも活用されています。音楽を効果的に用いることで身体的、精神的な痛みや辛さを和らげる「音楽療法」です。

米国などでは、音楽療法の専門家である「音楽療法士」が病院に在籍し、患者さんの心のケアに取り組んでいます。例えば、手術など大きなストレスを抱える患者(特に子どもの患者)さんのそばについて、好きな音楽を演奏したり、一緒に歌ったりすることで、交感神経の緊張がほぐれ、不安が軽減されます。また、音楽は知覚や思考をつかさどる大脳皮質や、情動や記憶をつかさどる大脳辺縁系など、脳の多くの領域に作用することから、音楽を聴くことに没頭すると、「快楽ホルモン」であるドーパミンが分泌され、気分を紛らわし、楽しさやリラクゼーション反応を引き起こします。その結果、痛みを感じる神経への情報伝達が鈍くなると考えられます(*)。手術後の疼痛を緩和させる効果も期待されています。

(*)痛みの制御に関しては、「ゲートコントロール説」(痛みとは別の刺激が加わることで、痛みの伝わり方が抑制されるという説)があります。
出典:Melzack, R. & Wall, P.D. (1965). Pain mechanisms: A new theory. Science, 150 (3699), 971-9.

音楽には、脳を活性化して感情をコントロールするなど、健やかな心と体のケアに通じる機能や恩恵があります。ストレスがたまりやすい現代社会において、さまざまな困難をサポートしてくれるのではないでしょうか。今後のさらなる研究が期待されています。

監修者プロフィール
監修/星野悦子先生(上野学園大学音楽学部音楽学科特任教授)

【星野悦子(ほしの えつこ)先生プロフィール】

上野学園大学音楽学部音楽学科特任教授
心理学博士。1989年に上野学園大学短期大学部音楽科に専任講師として着任。以降、1999年国際文化学部助教授、2005年音楽・文化学部教授、2009年音楽学部教授を経て、2016年より現職。日本音楽知覚認知学会監事、日本音楽心理学音楽療法懇話会副会長、日本心理学会音楽心理学研究会代表などを務める、音楽心理学の第一人者。

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