
ミライのヘルスケア
脳のリセット効果も!まばたきが担う意外な働き
監修/中野 珠実先生(大阪大学大学院 情報科学研究科 教授)

いつも無意識に行っているまばたき。自分が1分間に何回くらいまばたきをしているか、考えたことはありますか?まばたきをする理由やその頻度については解明されていない部分がまだまだ多い一方で、まばたきが脳の情報処理と深く関わっていることが研究で分かってきました。まばたきと脳の関係などについて、大阪大学大学院 情報科学研究科 教授の中野珠実先生に伺いました。
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まばたきには種類がある

普段意識せずに行っているまばたきは、次の3つに分類されます。
- 1 自発性瞬目(しゅんもく):特に要因がなく、自然と無意識に行うまばたき
- 2 反射性瞬目:音や光、風などの刺激をきっかけに起こるまばたき
- 3 随意性瞬目:ウインクのように、意識的にまぶたを閉じるまばたき
このうち、私たちが日常的に最も多く行っているのは、1の自発性瞬目です。
自発性瞬目の主な働きは、眼球を潤すことにあると考えられています。涙腺からは常に涙が少量ずつ分泌されていて、まばたきすることで涙が目の表面(角膜)に広がり、涙の膜がつくられます。
涙には次のように、目を健やかに保つうえで重要な役割があります。
近年は何らかの原因で涙の分泌量が減少し、ドライアイに悩む人が増加しています。加齢や空気の乾燥、コンタクトレンズの着用などのほか、スマートフォンやパソコンを長時間じっと見つめることでまばたきの回数が減っているのも要因の1つといわれています。
一方で、1927年にイギリスの生理学者らが湿度の異なる場所でのまばたきの頻度を比較した実験では、まばたきの頻度は空気中の湿度の影響をまったく受けていないことが明らかになっています※1。
※1:Ponder, E. & Kennedy, W. P. :On the act of blinking. Quarterly Journal of Experimental Physiology.1927 Jul;18(2):89-110.
その後、眼球表面の湿潤度をカメラで計測した研究から、目を潤すためには1分間に3回程度のまばたきで十分であることが分かっています※2。
※2:Marshall G. Doane Ph.D.:Interaction of Eyelids and Tears in Corneal Wetting and the Dynamics of the Normal Human Eyeblink. American Journal of Ophthalmology.1980 Apr;89(4):507-516.
謎が多い、まばたきの頻度や回数の増減

ヒトがまばたき(自発性瞬目)をする回数は、平均すると1分間に約20回程度です※3。
※3:中野珠実:脳の情報処理とまばたきの関係を見る.生命誌.2014;82(https://www.brh.co.jp/publication/journal/082/research_2別ウィンドウで開きます)を2024年12月11日に参照
まばたきの回数は個人差が大きく、また目を潤すのに必要な回数が1分間に3回程度といっても、目の病気などがあればもっと多くなるといった例外もあります。しかし、どうして1分間に20回という、目を潤すのに必要な回数の7倍近いまばたきをするのか。その理由やメカニズムについてはなかなか研究が進んできませんでした。
「まばたきによって眼球に涙の膜がつくられる」という働き以外に、まばたきにどのような機能があるのか分からない部分が多いことも、研究が進展しにくい理由の1つです。ただ、昔からよくいわれているのは、まばたきの回数は心の状態によって大きく変化するということです。
例えば下記のようなケースが分かりやすいでしょう。
【まばたきが増えるとき】
- 怒っているとき
- 緊張しているとき
- 難しい課題や問題などに取り組んでいるとき
- 退屈なとき
- 疲れているとき
【まばたきが減るとき】
- ゲームやスマートフォンの操作、車の運転など、外界(特に視覚情報)に注意を向けているとき
このように状況によってまばたきの回数は増減しますが、必ずしも常にそうであるとは限らないところがまばたき研究の難しい点です。ゲームに集中しているときはまばたきが減るけれど、仕事で難しい問題に頭を悩ましているときはまばたきが増えます。だからといって、仕事に集中していないというわけではないので、まばたきの回数だけでその人の心理状態を判断することはできません。ただ、まばたきの発生が心の状態で変化するということは、まばたきが脳の情報処理と関わっている可能性を示しています。
“句読点”のタイミングでまばたきが同時に起きる

そこで行われたのが、どういうタイミングでまばたきが発生しているのかを調べる研究です※4。
※4:中野珠実:瞬きにより明らかになったデフォルト・モード・ネットワークの新たな役割.生理心理学と精神生理学.2013;31(1):19-26.
同研究では、「複数人で同じ映像を観ているときには、みんなが同じタイミングでまばたきをするのではないか(同期するのではないか)」と仮定し、ストーリーのある3分半の映像を3回流し、観ている人のまばたきのタイミングを計測しました。選ばれた映像はイギリスのコメディ番組『ミスター・ビーン』。音声なしでも内容が理解でき、またストーリー展開が早く、見逃せない場面が豊富というのがその理由です。
結果、主人公が車から乗り降りする瞬間や、車が駐車した瞬間など、映像的な切れ目となるタイミングで、参加者が一斉にまばたきすることが明らかになりました。
このことは、次のようにまとめられます。
- 映像の“句読点”で一緒に観ている人たちのまばたきが同期
↓ - 外界の出来事を最適な切れ目で区切り、脳の中に取り込んでいる
↓ - まばたきの同期は、その“句読点”のタイミングが人々の間で自然に共通している証し
まばたきには脳をリセットする働きも

さらに、映像を観ているときに無意識に生じたまばたきのたびに、内省などに関わるデフォルトモードネットワーク(一見何もしていないときに活動する神経回路)の活動が上昇する一方、注意の神経ネットワーク(選択された感覚情報から必要なものを増強し不要なものを抑制する)の活動が減少することも発見されました※5。
※5:Tamami Nakano , Makoto Kato,Yusuke Morito,Seishi Itoi, Shigeru Kitazawa:Blink-related momentary activation of the default mode network while viewing videos. Proc Natl Acad Sci U S A.2013;110(2):702-706.
このことから、まばたきのたびに内省モードのデフォルトモードネットワークと、外界に注意を向ける神経ネットワークが切り替わっていると考えられます。まばたきの直後に心拍数が一時的に上昇し、実は交感神経が一過性に優位になっているのです。つまり、まばたきによって、脳が自然とリセットやリブート(再起動)をくり返しているイメージです。
例えば、仕事中に疲れたときにはまばたきをすることでアクセルを入れ、またエンジンをかけ直して次に進むというように、自分の状態を底上げする働きがまばたきには秘められている可能性があります。この働きは、自分の心身の状態をより良く保つために、状況に応じてリセットやリブートする「ホメオスタシス(恒常性)」の役割ともいうことができます。
ロボットやペットともまばたきを介して交流

さらに、まばたきとコミュニケーションの関係についてもさまざまな研究が進められています。
■対面会話中に話し手と聞き手のまばたきは同期するか?
話し手のまばたき開始から0.25~0.5秒遅れて、聞き手がまばたきをする割合が高く見られました。話の句切れで生じたまばたきに対してのみそれが起こることから、人々はまばたきを介して情報のまとまりを無意識に共有していると考えられます※6。
※6:Tamami Nakano,Shigeru Kitazawa: Eyeblink entrainment at breakpoints of speech.Exp Brain Res.2010;205(4):577-581.
■ロボット(アンドロイド)と人間の間でまばたきは同期するか?
話し手であるロボットのまばたきに、聞き手である人間のまばたきが同期することが分かりました。まばたきの同期はロボットが目をそらしながら話すときは消失し、ロボットが手をつなぎながら話すと強化されました※7。
※7:Kyohei Tatsukawa,Tamami Nakano,Hiroshi Ishiguro,Yuichiro Yoshikawa: Eyeblink Synchrony in Multimodal Human-Android Interaction.Nature.2016;6;39718.
■人間とペットはまばたきを介してコミュニケーションを取っている?
人間とイヌ・ネコの間では相互にまばたきが同期していて、人間はイヌ・ネコがまばたきした後にまばたきし、イヌ・ネコは人間がまばたきした後にまばたきしていました※8。言葉を交わさなくてもまばたきのリズムなどを共有することで、人間とペットは心を通わせ合っているのかもしれません。
※8:Hikari Koyasu, Risa Goto, Saho Takagi, Miho Nagasawa, Tamami Nakano, Takefumi Kikusui:Mutual synchronization of eyeblinks between dogs/cats and humans.Current Zoology.2022;68(2):229-232.
これらの研究結果から導き出されるのは、「人間は自発的なまばたきを通じて情報を分類したり、まとめたりして脳で処理し、それを他者と共有することでコミュニケーションを取っている」ということです。
今後は、まばたきによって起こる脳のリセットの仕組みの解明や、まばたきを常時モニタリングすることで個人のバランスの良い心の状態および集団のコミュニケーションの状態を評価するといった方向性での研究の発展が期待されています。
監修者プロフィール
中野 珠実先生(大阪大学大学院 情報科学研究科 教授)
【中野珠実(なかの たまみ)先生プロフィール】
大阪大学大学院 情報科学研究科 教授
博士(教育学)。情報通信研究機構(NICT)・脳情報通信融合研究センター(CiNet)主任研究員。1999年、東京大学教育学部卒業。2009年、東京大学大学院教育学研究科修了。2012~2022年、大阪大学大学院 生命機能研究科・医学研究科 准教授を経て、2023年より現職。認知神経科学を研究テーマとし、脳科学、生体情報科学、心理・行動実験を組み合わせることで人間の持つ高度な認知機能を支える神経機構や、心が創発される仕組みの解明に取り組む。著書に『顔に取り憑かれた脳』(講談社)がある。