病気と医療の知って得する豆知識
病気にも男女で違いがある。知っておきたい“性差医療”
監修/片井 みゆき先生(国立大学法人 政策研究大学院大学 保健管理センター 所長・教授)
女性特有、また男性特有の健康課題の解決が社会的に重視される中、注目が高まっているのが「性差医療」です。男女の体には泌尿器、生殖器という大きな違いもありますが、男女共通の臓器も含めて性差やライフステージ(年代)に配慮しながら、診断や治療、予防に反映するという、新しい医療のあり方です。自分自身が性差に対する知識を持つことで、対処できることが増える可能性もあります。性差医療の基礎知識について、国立大学法人 政策研究大学院大学保健管理センター 所長・教授で、日本性差医学・医療学会副理事長を務める片井みゆき先生に伺いました。
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同じ疾患にも「性差」がある
男性の前立腺がん、女性の子宮がんのように、男女それぞれに特有の疾患がありますが、糖尿病や脂質異常症といった男女に共通する病気にも男女による「性差」があります。例えば、厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」※1で報告されている通院者率(通院している者「通院者」の人口千人あたりの割合)を基に、男女差が1.5倍以上ある主な疾患を挙げると、下のグラフのようになります。
■男性に多い疾患
■女性に多い疾患
※1:厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」
「第10表 性・年齢階級・傷病(複数回答)別にみた世帯人員・通院者数・通院者率(人口千対)」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf)を2023年12月5日に参照
同調査を年齢別に見ると※2、女性に多い疾患の一つである骨粗しょう症は、40代までの通院者率は男女共に0.1~1.3程度とあまり差がありません。しかし、女性が閉経を迎える50代前後から女性の通院者率が増え、年齢と共に上昇していきます。男性も加齢に伴い、骨粗しょう症で通院する人は徐々に増えますが、80代男性の通院者率は14.2と、80代女性の通院者率136.4に比べてかなり低くなっています。
同様に、脂質異常症(高コレステロール血症等)も、50代前半までは男性の通院者率のほうが高いものの、50代後半からは女性の通院者率のほうが高くなり、70代前半では男性の通院者率110.6に対し、女性は187.2と差が開いています。
※2:政府統計の総合窓口(e-Stat)「令和4年国民生活基礎調査 04通院者の状況 第108表 通院者率(人口千対),年齢(5歳階級)・傷病(複数回答)・性別」を2023年12月5日に参照
このように、発症しやすい疾患や、疾患にかかりやすい年齢だけでなく、症状でみた場合にも男女差が見られる場合があります(下表参照※3)。
■急性冠症候群、急性心筋梗塞の性差比較
※3:「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009年合同研究班報告)」
(H.DeVon. Symptoms of acute coronary syndromes: are there gender differences? A review of the literature. Heart Lung. 2002 Jul;31(4):235–245.を改編 https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2010tei.h.pdf)を2023年12月5日に参照
上記は一例ですが、こうした疾患や予防、治療における男女の違いについて、国内外でさまざまな研究が進んでいます。「性差医療」とは、こうした性差とライフステージに配慮した医療のことをいいます。性差医療が広く取り入れられることで、より的確な診断や薬の処方が行われ、治療に役立つことが期待されています。
性ホルモンの違いが疾患に影響
さまざまな疾患に男女差や年代差が生じる背景には、喫煙の有無や飲酒の量といった生活習慣や、基礎代謝、免疫反応といった体の機能の違いが影響している可能性などがあります。疾患に性差を生じる要因には生物学的な性差(sex differences)と社会的な性差(gender differences)があります。生物学的な性差においては、「性染色体の違い」と「性ホルモンの違い」が大きなポイントとなります。社会的な性差は環境的な要因で、生活習慣、職業、経済力、コミュニケーションなど様々な要因が含まれます。性差医学・医療が画期的だった点は、これらの生物学的な性差と社会的な性差の両方に配慮して、診断や研究を行うことです。
男性ホルモンのテストステロンも、女性ホルモンのエストロゲンも、その機能は加齢に伴い低下していきます。しかし、テストステロンの分泌量が40代以降から緩やかに減少していくのに対し、エストロゲンの分泌量は50歳前後の閉経期を境に、急激に減少します。この閉経前後の5年間を更年期といい、ほてりや発汗、のぼせなどの特徴的な症状をはじめ、冷えや肩こり、頭痛、関節痛、目や口の乾燥、疲労感、憂鬱感など、多岐にわたる症状が表れます。
また、エストロゲンには血管の拡張作用や血栓形成抑制作用をもつ物質「NO(一酸化窒素)」の合成を促進する作用などがあり、血管のしなやかさが保たれていますが、エストロゲンが減少するとこれらの作用が低下し、動脈硬化が進みやすくなります。また、エストロゲンのもつ脂質代謝改善作用も低下するため、脂質異常症(高コレステロール血症等)のリスクが高くなります。
さらに、エストロゲンは破骨細胞に作用して古い骨を溶かし、骨芽細胞に作用して新しい骨の成長を促す働きがありますが、エストロゲンが減少すると代謝が悪くなり、骨密度が減ります。そのため骨がもろくなり、骨粗しょう症を引き起こすことになります。
一方、男性の場合は、体内で働く生物学的活性テストステロンの減少の量やスピードに個人差があり、近年では男性に生じる更年期障害「LOH(ロー)症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)」も注目されています。
男性の更年期障害については、下記の記事もご参照ください。
リスクを知って予防や対策につなげる
更年期にあたる期間は、心身に不調を感じても「更年期の症状の一つだろう」と自己判断してしまう人が、男女とも少なくありません。また、「この程度の更年期症状で医療機関を受診してもよいのか」とためらいを感じるケースもあるでしょう。しかし、例えば女性の場合は閉経前後の5年間、トータルで10年程度、更年期が続きます。その10年の間に、更年期症状以外の疾患を発症する可能性は大いに考えられます。
実際、更年期症状を含む体の不調を訴えて女性専門外来を受診した195人のうち、52人(26.7%)に、甲状腺機能異常をはじめとする内分泌疾患など別の疾患が見つかっています※4。不調が続く場合は、他の病気を合併している可能性を考えることが大切です。
例えば、婦人科を受診して治療を始めたものの、頭痛が治らないという場合は頭痛の専門外来や脳神経外科も併せて受診するあるいは総合診療科を受診するなど、他の診療科の受診も適宜検討する方がよい場合もあります。また、更年期に伴ううつ症状が強い場合は、男女問わず早い段階から心療内科や精神科など、複数の診療科を受診することも対策のひとつです。しかし、いわゆるドクターショッピング状態を防ぐために大切なことは、これらの他科受診の情報は担当医間に共有する(できれば紹介状を書いてもらいこれまでのデータを共有してもらう)ことです。似たような検査や治療の重複を避け、複数の診療科が連携し、データや治療効果を積み上げていく形の診療になることが大切です。
※4:「片井みゆき.性差医療(3)性差医学からみた内分泌代謝疾患:東京女子医科大学における性差医療の経験を含めて.東女医大誌.2019 6;89(3):61-69」
また、中高年層で罹患率が上がる大腸がんは、男性の場合、肛門に近いところで出っ張った腫瘍ができるのに対して、女性は肛門から離れた大腸の奥に平たい形の腫瘍ができる傾向があると分かりました※5。このような性差による腫瘍のでき方の違いを知っていれば、男性は早期発見がしやすいので、定期的な検診を行うことが早期の治療につながります。一方、女性の場合は大腸の奥に腫瘍ができる傾向があるため、症状が出にくいことから発見が遅れがちになり、治療が難しくなることもあります。それゆえに、性差による症状の違いを知ることが大切になります。
※5:Benedix, F., Kube, R., Meyer, F., Schmidt, U., Gastinger, I., Lippert, H., & Colon/Rectum Carcinomas Study, G. (2010). Comparison of 17,641 patients with right- and left-sided colon cancer: differences in epidemiology, perioperative course, histology, and survival. Diseases of the Colon & Rectum, 53(1), 57-64.
Hansen, I. O., & Jess, P. (2012). Possible better long-term survival in left versus right-sided colon cancer – a systematic review. Danish Medical Bulletin, 59(6), A4444.
性差だけでなく、自分のライフステージを見渡して、どの年齢のときにどのようなリスクがあるのか把握しておくことも大切です。例えば、女性の場合は50歳以降の閉経後に骨粗しょう症のリスクが高くなるので、若いうちからカルシウムの摂取や日光浴、骨に刺激を与える運動などを積極的に行い、予防につなげるといったことも、知識をしっかり持つことで可能になります。
ICTによる性差医療に期待
日本は性差医療の取り組みが始まって25年が経ちましたが、欧米に比べ医学教育への反映が遅れており、医療の現場でも十分に浸透しているとはいえない側面もあります。女性の専門外来も2001年に鹿児島大学附属病院に初めて誕生したのを機に、全国の医療機関で女性専門外来の開設が進みましたが、女性は問診に長時間を要するため、採算性の課題からここ数年は減少傾向にあります。そこで、日本性差医学・医療学会は、全職種の医療者に対し、性差医学・医療をオンラインで学び、学術集会参加などを経て認定資格を取得できる認定制度を2021年から開始しました※6。
※6:https://www.jagsm.org/を2023年12月20日に参照
その一方で、ICTを使った研究も進んでいます。性差医療の視点やデータに基づいた診断方法で受診前に詳細な問診を行い、病気のリスクを予測するアプリ(WaiSEワイズ※7、8)の開発などが進んでいます。自分自身で性差医療について知っていくことはもちろん大切ですが、企業での健康管理や健診でこういったICTが活用されるようになると、男女それぞれが最適な診断や治療を受ける助けになっていくかもしれません。
※7:AMED2021-22年度成育疾患領域2事業合同成果報告P.22女性診療を支援する「AI 診断ナビゲーションシステム : WaiSE」の開発 片井 みゆき(https://www.amed.go.jp/content/000110018.pdf)を2023年12月20日に参照
※8:WaiSE研究開発サイト(https://www.waise-healthcare.com/)2023年12月20日に参照
監修者プロフィール
片井 みゆき先生(国立大学法人 政策研究大学院大学 保健管理センター 所長・教授)
【片井みゆき(かたい みゆき先生プロフィール】
国立大学法人 政策研究大学院大学 保健管理センター 所長・教授
医学博士。1989年、信州大学医学部卒業。1993年、同大学院医学研究科(内科)修了。同大医学部附属病院内分泌内科、米国ハーバード大学医学部リサーチフェローとしてマサチューセッツ総合病院、ジョスリン糖尿病センター、東京女子医科大学総合診療科准教授などを経て、2020年より現職。2016年度-東京都男女平等参画審議会委員として、性差医療を専門とする医師の立場から、東京都男女平等参画推進総合計画策定。2019-2021年度、日本医療開発機構(AMED) 女性の健康の包括的支援実用化研究事業 研究開発代表者。専門は内分泌代謝、内科(甲状腺・糖尿病など)、性差医学、女性医学、ジェンダード・イノベーションなど。日本性差医学・医療学会副理事長、日本甲状腺学会理事も務める。