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ミライのヘルスケア

病気になる前に“治療”が可能に? メタボリックシンドロームを「未病」の状態で検出

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監修/合原一幸先生(東京大学生産技術研究所 教授、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長)

東京大学と富山大学のグループが、メタボリックシンドロームの発症前に当たる「未病」の状態を検出することに成功しました。未病を検出できれば、病気になる前に“治療”を行えるようになることが期待されます。この研究で使われた数学理論の開発者、東京大学生産技術研究所 教授の合原一幸先生にお話を伺いました。

あいまいな「未病」を科学的に定義

「未病」は、健康と病気の間の状態を表す概念で、2000年以上前の中国の医学書「黄帝内経」にも記載されている用語です。

未病という言葉は近年よく使われるようになり、政府の健康・医療戦略の中にも重要な考え方として盛り込まれています。しかし、「健康と病気の間の状態」という定義ではあいまいすぎて、科学的に深い議論はできません。また、未病の状態では自覚症状がなく、本人は健康だと感じているケースが普通であるため、対策が必要であることになかなか気づけません。従来の「健康か病気か」を判断する検査ではなく、「健康か未病か」を検出することができれば、未病の状態で対策を行えるようになります。

合原先生は、病気になる前にもうすぐ病気になる可能性があることがわかる理論「動的ネットワークバイオマーカー理論」(DNB理論)を開発し、未病を科学的に検出できるようにしました。 DNB理論では、心拍や脈拍、脳波など、体の中で起こっているさまざまな現象に伴って生じる「生体信号」の揺らぎを捉えることで未病を検出します。

DNB理論で「健康」「未病」「病気」を捉えたイメージ図は、以下のようになります。

緑のボールは体の状態を表しています。健康な状態では、グラフの谷の部分に緑のボールが集まっています。健康であれば、少し具合が悪くなっても休息を取れば元気になれるように、少々揺さぶられてもボールは谷の中におさまったままです。また、病気の状態でも、ボールが谷の部分にあります。一度病気にかかると、適切な治療や投薬を行わなければ病気の状態を脱するのが難しいことからわかるように、こちらも多少揺さぶられたぐらいでは、谷の中におさまったままです。

しかし、未病状態では、山の上の平らな部分にボールがあります。谷の中におさまっているのとは異なり、大きく揺らぎやすくなっています。この状態は、対策を講じればすぐに健康な状態に戻れますが、いつでも病気の状態に転げ落ちる可能性があります。この未病状態の図のように、揺らぎの大きな状態、つまり健康で安定していた状態が失われて病気の状態に転げ落ちてしまう直前の状態を、DNB理論では「未病」と定義しました。

メタボリックシンドロームの予兆を検出

これまでDNB理論は、インフルエンザなどの急性疾患に応用できることがわかっていました。そこで、ゆっくりと進行するような慢性疾患にも応用できるかどうか、合原先生と富山大学のグループは、メタボリックシンドロームに関して研究を行い、2019年6月に成果を発表しました。

この研究では、メタボリックシンドロームを自然発症するマウスを使いました。マウスの遺伝子発現量を3週齢から7週齢まで1週間おきに測定し、測定したデータを解析して、揺らぎの大きな時点があるかどうか調べました。その結果、メタボリックシンドロームを発症する前の5週齢の時点で、遺伝子発現量の揺らぎが大きくなっていました。

※遺伝子発現量:遺伝子の情報に基づいて合成されるタンパク質の量。

今回の研究は人間ではなくマウスを対象としたものですが、DNB理論を使ってメタボリックシンドロームを発症する直前の未病状態を検出することができました。これまで主に急性疾患に使われてきたDNB理論が、メタボリックシンドロームという慢性疾患にも使えることがわかったのです。今後、認知症やフレイルなど、緩やかに時間をかけて悪化していく病気でもDNB理論が使えれば、発症前に“治療”することで発症を食い止められるようになるかもしれません。

未来の医療は「未病を治す」が常識に?

今回の研究成果が医療の現場で生かされるようになると、病気を発症する前の未病の状態で医療的な対応を始められるようになります。病気になる前に対応を始めたほうが、病気になってから治療するよりも効率的です。また、そうなれば、医療費を抑えることもできるでしょう。

さらに、DNB理論は未病だけでなく、病気にかかった人が治りかけている状態を検出することも理論上可能です。富山大学のグループは、病気から健康に移行するタイミングを「未健」と名付けています。DNB理論でこの「未健」を実際に検出できるかどうか、今後研究が行われる予定です。「未健」が検出できると、患者さんが早く健康な状態に戻れるような治療法を選択しやすくなるだけでなく、医療費の抑制にも役立つのではないかと考えられています。例えば最近は、抗がん剤などで、非常に効果が高いが高額で、全員に効果があるかどうかわからない薬も開発されています。薬が効いて健康に移行しつつある人とそうでない人を早く判別することができれば、本当に効く人だけにその薬を使い続け、効かない人には別の治療法を検討することが可能です。

今後、技術がさらに発展したら、未病状態を検出できる家庭用医療機器や、スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスの開発が期待されます。未病を検出したら通知してくれるような機器があれば、病気になる前に受診することが当たり前になるかもしれません。また、未病の状態で治療することが当たり前になれば、「未病治療薬」が生まれてもおかしくないでしょう。現在の薬は病気を治すためのものですが、薬の常識も変わっていく可能性があります。

そして、「病気になったから病院に行く」「病気を治す」という常識が覆され、「病気になる前に病院に行く」「未病を治す」という発想に変わっていくかもしれません。

監修者プロフィール
合原一幸先生(東京大学生産技術研究所 教授、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長)

【合原一幸(あいはらかずゆき)先生プロフィール】

東京大学生産技術研究所 教授、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長
1977年、東京大学工学部電気工学科卒業。1982年、同大学大学院工学系研究科(電子工学専門課程)博士課程修了。工学博士。東京電機大学工学部助教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2003年より現職。東京大学大学院情報理工学系研究科教授、同工学系研究科教授、理化学研究所AIPセンター特別顧問も兼任している。

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