病気と医療の知って得する豆知識
情報社会の新たなSOS。情報過多シンドロームとは
監修/天野惠市先生(東京脳神経センター 脳神経外科医)
「知っていたはずの情報を思い出せない」「仕事の成果が思うように出せなくなってきた」……。こうした悩みを抱える社会人が増えています。その原因として注目されているのが、多くの情報を処理できずに脳がオーバーフローを起こした状態を指す「情報過多シンドローム」です。この症状の名付け親である東京脳神経センターの天野惠市先生に、情報過多シンドロームについて解説していただきました。
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脳の限界容量を超える情報を詰め込んでいる
新しいことをなかなか覚えることができない。覚えてもすぐに忘れてしまう。すでにあるはずの記憶を思い出すことができない。読んだり聞いたりしたことがよく理解できない。AとBのどちらが良いのか判断できない……。
近年、こうした症状を訴える患者さんが30~50代の働き盛りの世代に増えており、その多くが「自分は軽度認知障害(MCI)なのではないか」と不安を抱いています。
確かにMCIの症状に似ていますが、脳の画像診断や脳波検査、さらに認知機能の障害検査(MMSE/長谷川式テスト)を行うと、認知症は認められない場合がほとんどです。
ではなぜそのような症状が起きるのでしょうか。その大きな要因の一つとして挙げられるのが、過剰な情報収集による脳の「オーバーフロー状態」です。本来、脳のキャパシティは決まっていて、一度にインプットできる情報量や、情報処理能力には限りがあります。
しかしインターネットが普及し、いつでもどこでもあらゆる情報を収集できる環境にある現代社会では、脳の容量を超える情報にさらされることになりがちです。
その結果、脳内の情報処理量が過密状態になり、脳が機能不全をきたすことになります。こうして脳の機能が低下することで、記憶力や判断力、理解力などが低下した状態のことを「情報過多シンドローム」と呼んでいます。
情報不足に対する不安が脳のオーバーフローを招く要因に
情報過多シンドロームの患者さんの多くに、次のような共通症状が見られます。(天野先生への取材をもとに作成)
■自分に必要な情報が不足しているという意識(妄想性障害)が根底にあり、より多くの情報を得ようとしている
■情報が不足しているという思い込みなどによって、慢性的に不安な状態に陥っている(不安神経症)
常に情報を取り入れていないと自信をもてなかったり、不安を感じたりしてしまうために、脳がオーバーフロー状態になるほど情報を詰め込もうとしているのです。
特に以下のような情報収集の傾向がある人は情報過多シンドロームになるリスクが高いので注意が必要です。(天野先生への取材をもとに作成)
情報はやみくもに記憶するのではなく
上手に取捨選択をすることが大切
情報を集めたい気持ちは分かりますが、情報は多ければ多いほど良いと考えたり、どんな情報でもやみくもに記憶しようとするのはできるだけ避けましょう。
情報過多シンドロームにならないためには次の3つを心がけることが大切です。(天野先生への取材をもとに作成)
- 1.脳にインプットする前に情報の「仕分け」を行う
その情報が本当に自分にとって必要なものなのか吟味し、不要な情報まで記憶しないように気をつけましょう。 - 2.後で捨てることを考えたうえで、情報を仕入れる
宅配便のトラックにおける荷物の積み方を思い浮かべてみてください。トラックの荷物は満載ですが、後で効率良く荷下ろしができるように考えて荷物を積み込んでいるはずです。情報も同じです。どのようにアウトプットするかをしっかり考えたうえでインプットすることで、情報の整理がスムーズにできるようになります。 - 3.不要な情報や知識はどんどん捨てて、脳の空き容量を増やす
要らなくなった情報や知識はいわば“脳のゴミ”のようなもの。脳がオーバーフロー状態にならないようにするためには、記憶をなくしていくことも大切です。
芸術、自然、スポーツ、甘いもので脳をリセット
情報過多シンドロームは、脳のキャパシティの問題だけでなく、強い精神的なストレスや心理的な問題が要因となって起こる場合もあります。不安や不信、不満、不快感、内的な怒りなどを慢性的に抱えていると、脳の中がネガティブな事象で占拠された状態になってしまうのです。
嫌なことは忘れて気持ちを切り替えようと思っても、忘れようとする度にストレスやネガティブな事象を思い出すことになるので根本的な問題解決にはなりません。
ヒトの大脳半球には前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉という4つの部位があります。このうち脳の中枢を司る司令塔の役割を担うのが、前頭葉の大半を占める前頭前野です。
ネガティブな事象で脳が占拠されている状態とは、前頭前野の一部のみが集中的に使われていて、感情を司る側頭葉などが働いていない状態を示します。これを改善するためには、脳の広い範囲、特に大脳辺縁系の活動を活発にすることが欠かせません。
そこで効果的なのが「芸術」や「大自然」に親しむことです。芸術は音楽や美術鑑賞、あるいはカラオケなど自分の好みのものでOK。大自然も、わざわざ遠方まで出かけなくても、空をじっと見つめるだけで十分効果は得られます。
また、スポーツや早歩きなどのリズミカルな運動やものを噛むときの咀嚼には、「幸福ホルモン」と呼ばれる脳内伝達物質「セロトニン」の分泌を促す作用があります。運動ができないデスクワークのときなどにはガムを噛むのも効果的です。
■セロトニンの分泌を表した脳の断面図
さらに、「疲れたときには甘いものが良い」と古くからいわれているように、甘いものを適度にとることは疲れた脳にも効果的です。人の体のグルコース(ブドウ糖)の約6割は脳で消費されていますが、特に脳の機能が低下している場合などはその修復のために脳がグルコースを要求していると考えられます。
■ドーパミンの分泌を表す脳の断面図
気になる症状があるならまず医師に相談を
なお、情報過多シンドロームは真面目で仕事ができる人に多く、突然発症して仕事の成果が低下してしまう例も少なくありません。物忘れがひどく仕事や日常生活に支障をきたしたり、不眠や無気力、食欲不振といった症状が続くような場合には脳の医療の専門機関を受診し、脳の検査や診断を受けることをお勧めします。
その結果、認知症やうつ病、他の脳の疾患がなければ、情報過多シンドロームの可能性が考えられます。
知らず知らずのうちに情報を詰め込み過ぎていなかったか、ストレスなどでいつの間にか毎日暗い気持ちで過ごすようになっていなかったか、自分自身で気がつくことが情報過多シンドロームの予防や対策のための重要な一歩となります。
監修者プロフィール
天野惠市先生(東京脳神経センター 脳神経外科医)
【天野惠市(あまの けいいち)先生プロフィール】
1967年東京大学医学部卒業。同大医学部脳神経外科入局後、米国エール大学ハートフォード病院脳神経外科、同大学医学部脳神経外科フェロー、カナダのマックギル大学モントリオール神経研究所で臨床神経外科の研究に従事。帰国後、東京女子医科大学脳神経外科助教授等を経て、現在は東京脳神経センター、水戸中央病院で脳神経外科を担当。『ボケたくなければバラの香りをかぎなさい』(ワニブックス)『そこが知りたい脳の病気』(新潮文庫)『脳外科医が教えるボケ予防15か条』(新潮社)『薔薇と脳』(K&Kプレス)など著書多数。