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においを感じる力を高める!嗅覚の鍛え方
監修/三輪 高喜先生(金沢医科大学 名誉教授)

においが分からなくなると、食事をおいしく味わえない、ガス漏れなどの異臭に気付けないなど、多くのデメリットが生じます。一方で、視覚や聴覚と異なり、嗅覚の低下は自覚しにくいという問題もあります。大切なのは、普段から嗅覚を鍛え、多様なにおいに意識を向けることです。嗅覚の大切さや生活の中でできる嗅覚の鍛え方などについて、金沢医科大学 名誉教授の三輪高喜先生に伺いました。
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嗅覚は「危険の察知」に役立つ
花の香りを嗅いで心地よい気分になる、焼きたてのパンや煮込み料理のにおいを嗅いで食欲が増進する……。嗅覚は私たちの生活に潤いをもたらしたり、食べる楽しみを倍増させたりするなど、QOL(生活の質)に大きく関わっています。
もう一つ、嗅覚には「異臭による危険の察知」という重要な役割があります。例えば傷んだ食品から腐敗臭が漂っていたら、それを食べるのをやめるでしょう。においによって異常に気が付き、食中毒から身を守ることができます。また、ガス漏れや煙のにおいにすぐ気付けば、火災などの事故の防止にもつながります。
嗅覚は、視覚や聴覚と同じように加齢とともに低下します。しかし、老眼や難聴などに比べると、衰えを自覚しにくい傾向があります。その理由として考えられるのが、普段の生活でにおいを意識することがあまりない点です。
視力が落ちたり、耳が聞こえにくくなったりすると生活やコミュニケーションが不便になりますが、嗅覚が多少低下してもあまり支障はありません。
また、嗅覚には、においに対する順応性があります。最初は違和感を覚えるにおいでも、しばらく嗅いでいると慣れてしまい、においをほとんど感じない、あるいはごく弱くしか感じない状態になります。これも、嗅覚の低下を自覚しにくい一因と考えられます。
食のおいしさや記憶にも嗅覚が関与
においを感じるメカニズムについても知っておきましょう。空気中を漂う「におい物質」は鼻の穴から入り、鼻の奥にある「鼻腔(びくう)」に届きます。鼻腔の最上部にある、においを感じる「嗅粘膜(きゅうねんまく)」には、繊毛(せんもう:細く短い毛)を持つ「嗅神経細胞」が並んでいます。粘液で覆われた繊毛の表面には「嗅覚受容体」という、におい物質をキャッチするセンサーがあります。
鼻腔に届いたにおい物質は、嗅神経細胞の粘液に溶け込んで、繊毛と接触します。するとにおい物質と嗅覚受容体が結合し、その情報が電気信号に変換されて脳の「嗅球(きゅうきゅう)」という領域に伝わります。
嗅球に伝わったにおい物質は、「大脳辺縁系脳の梨状皮質(だいのうへんえんけいりじょうひしつ)」を経由し、最終的に「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」と、扁桃体(へんとうたい)・海馬(かいば)という領域に分かれてにおいとして認知されます。
■においのメカニズムイメージ
出典:三輪先生の取材を基に作成
眼窩前頭皮質には、嗅覚だけでなく、味覚や視覚、触覚といった感覚が伝わり、これらの情報が一つに統合され食の味わいやおいしさを感じます。しかし、嗅覚が衰えると味覚が変わり、おいしいと感じなくなるのは、こうした脳の機能が低下することが要因の一つだと考えられています。
また、何か懐かしいにおいを嗅いだときに、過去の出来事や思い出がよみがえった経験はありませんか?このように、特定の香りを嗅ぐと、その香りに結び付く記憶や感情がよみがえることを「プルースト現象」といいます。なぜそうした現象が起こるのか明確なエビデンスはありませんが、におい物質の経路である大脳辺縁系にある海馬や扁桃体との関わりがあると考えられます。海馬は記憶を司り、扁桃体は海馬と連携して感情的な記憶を定着させる役割を担っているためです。
1日2回の嗅覚トレーニング
先に挙げた「嗅神経細胞」は、髪の毛のように生涯にわたって死滅と再生を繰り返しています。一度死滅したとしても再生が可能である点が嗅神経細胞の大きな特徴ですが、一方でにおいの刺激がないと死滅のスピードが再生を上回り、細胞が減少します。すると嗅ぐ力も衰えていきます。
嗅覚の維持や向上には、嗅神経細胞の再生を活性化させることが大切です。そのために重要なのが、「意識的ににおいを嗅ぐ機会を増やす」習慣です。嗅覚障害の人の治療として国内外で用いられている「嗅覚刺激療法」は、嗅覚の低下を防ぐトレーニングとして自宅で取り入れるのにもおすすめの方法です。
【嗅覚トレーニングの方法】
1)レモン、コーヒー、せっけん、スパイスなど、異なる複数の香りを用意する
2)朝と夜の1日2回、それぞれの香りを15秒ずつ嗅ぐ
嗅覚刺激療法発祥の地であるヨーロッパでは、レモン、バラ、チョウジ(クローブ)、ユーカリの4種類の精油(アロマオイル)が用いられています。精油を扱う店などで「嗅覚トレーニングセット」として販売されている場合もあるので、興味のある人はチェックしてみるとよいでしょう。精油を用意しなくても、身近にある好みの香りを嗅げばOKです。トレーニングの効果を高めるポイントは次のとおりです。
- なるべく多くの種類の香りを嗅ぐ
香りの種類や数にこだわる必要はないが、種類が多いほど効果が期待できる - 習慣化して毎日続ける
起床後と夕食前に行うなど、タイミングを決めると習慣にしやすい - 何の香りなのか常に意識して嗅ぐ
「これはレモンのにおい」など、その香りがどんなものなのか具体的にイメージしながら嗅ぐ。嗅覚がより鍛えられ、嗅覚の低下にも気付きやすくなる - 嗅ぐ香りに変化をつける
同じにおいを嗅ぎ続けていると鼻が慣れて、においの刺激が少なくなるので、定期的に違う香りを取り入れる
生活の中で嗅覚を鍛える工夫
また、トレーニング以外にも生活の中で次のような工夫をすると嗅覚向上効果が期待できます。
●いつも使っている身の回りのものを変えてみる
例えば、せっけんやシャンプー、歯磨き粉、整髪料などの日用品を別のものに変えたり、コーヒー豆や紅茶の茶葉などいつもと違う味のものを選んだりすると、自然と今までとは異なるにおいを嗅ぐことになります。それが刺激となって、嗅神経細胞の活性化につながります。
●においを意識しながら食事を楽しむ
生活の中で特ににおいを嗅ぐ機会が多いのが食事です。炊きたてのご飯、焼きたてのトースト、いれたてのコーヒー、みそ汁、焼き魚や焼き鳥、カレーやパスタのバジルソース、ビールやワイン……と、朝・昼・夜それぞれの食卓に多様な香りが漂っているはずです。食材そのものにも、ニンニクやショウガ、セロリなどの香味野菜やレモン、ゆずなどのかんきつ類、スパイス類など香り豊かなものが多くあります。こうした食材も積極的に活用し、「これは○○のにおいだ」と意識して香りを嗅ぎましょう。
●好きな香りを身の回りに置く
嗅覚の検査では、汗や生ごみ、1日はいた靴下といった不快なにおいをあえて嗅いでもらうことがあります。しかし、日常生活では不快なにおいはなるべく避け、自分が快適に感じる香りを嗅ぐようにしましょう。良い香りを日常的に嗅ぐことで精神的にも安定し、意識的ににおいを嗅ぐことが習慣化しやすくなります。
副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎にも要注意
嗅覚が低下する主な原因として、加齢以外に嗅覚障害が挙げられます。金沢医科大学病院耳鼻咽喉科の嗅覚・味覚外来を2009年6月から2022年12月まで受診した新患の嗅覚障害患者2,790例を対象とした調査※1では、嗅覚障害の原因トップ3は以下のとおりでした。
※1:「嗅覚障害‐病態に基づく診療アプローチ-」日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報2023 年 126巻 4号 p. 365-369
1位 慢性副鼻腔炎
副鼻腔(鼻の周囲にある空洞)の粘膜に炎症が起こり、3カ月以上続く病気です。蓄膿症とも呼ばれます。かぜやインフルエンザのウイルスや細菌、真菌などに感染することで発症します。鼻の粘膜に炎症が起こると、粘膜が腫れて空気の通りが悪くなります。そのため、におい物質が嗅神経細胞まで十分に届かなくなり、においを感じにくくなります。
慢性副鼻腔炎にはいくつかのタイプがあり、中でも鼻の中に鼻茸(はなたけ)というポリープが多発する好酸球性(こうさんきゅうせい)副鼻腔炎は嗅覚障害を起こしやすく、かつ重症化しやすい傾向にあるので注意が必要です。主な症状は強い鼻づまり、粘り気のあるグミのような鼻水などで、「においが分からなくなった」という自覚があるケースも少なくありません。気になる症状がある場合は、早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
2位 感冒(かぜ)後の嗅覚障害
かぜをひいたときに、一時的ににおいが分からなくなった経験はありませんか?かぜによる急性鼻炎を発症すると、鼻の粘膜が腫れたり、鼻水が増加したりするため、におい物質が嗅神経細胞に届きにくくなります。そのため嗅覚障害が起こりますが、鼻炎症状が治まると自然と嗅覚も回復します。ところが、鼻炎症状が回復した後も嗅覚が戻らない場合があります。詳しいメカニズムはまだ分かっていませんが、かぜのウイルスが嗅神経細胞を障害するのが原因と考えられています。
かぜによる嗅覚障害は、かぜが治るとともに回復するのが一般的です。かぜは治ったのに1カ月以上においを感じない状態が続くなら、早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
3位 アレルギー性鼻炎
アレルギー性鼻炎には、ハウスダストやダニ、カビなどをアレルゲンとし、1年中アレルギー症状が現れる「通年性アレルギー性鼻炎」と、花粉症のような特定の季節に症状が現れる「季節性アレルギー性鼻炎」があります。いずれもアレルゲンによって鼻の粘膜が膨張して鼻が詰まり、におい物質が嗅神経細胞に届かなくなることで嗅覚障害が起こります。
なお、頭部や顔面の打撲で嗅覚が低下する「外傷性嗅覚障害」も、アレルギー性鼻炎と同数を占めています。
季節性アレルギー性鼻炎による嗅覚障害は、季節が変わり、アレルゲンとなる花粉の影響がなくなれば回復するケースがほとんどです。しかし、鼻づまりがひどくてにおいを感じにくいといった症状が続くなら、やはり耳鼻咽喉科を受診することが大切です。
嗅覚の低下は健康寿命にも関わる
近年は国内外で、嗅覚障害と認知症やフレイル(健康な状態と要介護状態の中間の状態)といった健康寿命との関係についての研究が進んでいます。米国の認知機能の低下がない高齢者589人を対象に、においの識別テストを行った研究では、テストのスコアが平均よりも低い高齢者は、スコアが平均以上の高齢者と比べて、5年後にMCI(軽度認知障害)になるリスクが約50%増加すると報告されています※2
※2:Olfactory Identification and Incidence of Mild Cognitive Impairment in Older Age;Arch Gen Psychiatry Published Online: July 2007;2007;64;(7):802-808.
MCIはアルツハイマー型認知症の前段階にあたります。嗅覚を鍛えれば認知機能の低下を防げるといった研究報告は現時点ではありませんが、早い段階で「においはしているけれど、何のにおいか分からない」といった嗅覚低下に気付くことができれば、MCIの早期発見につながるかもしれません。
また、嗅覚が低下すると食欲がわきにくくなります。特に高齢者は食欲の減退が栄養不足を招きやすく、次第に筋力が低下してサルコペニア(体を動かす筋肉の量・質・筋力・身体機能が加齢や活動不足などで低下する状態)を引き起こし、やがて身体的・精神的・社会的に衰えるフレイルへと進行するリスクが高くなります。香りを意識して嗅ぎ、嗅覚を刺激する習慣を長く続けて、心身の健康につなげていきましょう。
監修者プロフィール
三輪 高喜先生(金沢医科大学 名誉教授)
【三輪 高喜(みわ たかき)先生プロフィール】
金沢医科大学名誉教授
医学博士。日本耳鼻咽喉科学会専門医・指導医・補聴器相談医。日本アレルギー学会専門医・指導医。日本気管食道科学会専門医。嗅覚・味覚障害、基礎研究を主な研究テーマとし、2017年に発表された日本鼻科学会「嗅覚障害診療ガイドライン(第1版)」の作成委員会委員長を務めた。『カレーの匂いがわからなくなったら読む本』(主婦の友社)監修などがある。












