ミライのヘルスケア
3Dプリンターで臓器が作れる!? バイオプリンティング最前線
監修/中山 功一先生(佐賀大学医学部附属再生医学研究センター センター長/教授)
3次元データをもとにして材料を積み上げ、立体物を作る3Dプリンター。医学領域では、3Dプリンターの技術を使って人間の臓器を作る研究が進められており、既にバイオ3Dプリンターで作った血管と末梢神経をヒトに移植する臨床研究が始まっています。実際に臓器が作れるようになると、どんな未来が訪れるのでしょうか? バイオプリンティング研究の現状について、佐賀大学医学部附属再生医学研究センター センター長/教授の中山功一先生に伺いました。
移植可能な臓器の作製を目指すバイオプリンティング
バイオプリンティングとは、再生医療の分野で広く使われている技術です。バイオ3Dプリンターを使って細胞から臓器を作り、ドナーから提供される臓器の代わりに移植を行えるようにすることが、再生医療分野における最終目標とされています。
「バイオプリンティング」という言葉が使われ始めたのは1990年代後半で、当時はインクジェット方式で細胞を平面に吹き付ける研究が行われていました。しかし、平面へのプリントは早期に実現できたものの、細胞というごく小さなものをうまく積み上げるのは難しく、立体化は容易ではありませんでした。
多くの研究では、細胞以外の物質を細胞にまぶしておくことで立体化を試みています。コラーゲンやゼラチンなどをまぶした細胞を使って立体物を出力すると、時間の経過とともにゼリー状に固まるため、立体物を作ることができます。こうして作られた臓器を、薬の動物実験(毒性試験)に使用するための研究も行われています。
このゼリー状の臓器は強度がないため、移植しようにも体内に縫い付けることができません。また、細胞以外の物質は人間の体にとって「異物」にあたるため、拒絶反応のリスクがあります。こうしたデメリットを解消するには、細胞以外の人工物を使わずに立体物を作れるようにする必要があります。中山先生は、細胞のみを使って十分な強度のある立体物の作製に成功しています。
「剣山メソッド」で作製した血管や神経を移植
現在使われているバイオ3Dプリンターの多くは、注射器のような筒から細胞を押し出すことで立体物を作るという仕組みです。しかし、中山先生は、細胞のみで立体物を作るために、まったく原理の異なるプリンターを独自に開発しました。
「剣山メソッド」と呼ばれるこの手法では、まず細胞を培養して増やし、直径0.5mmほどの細胞の塊を作ります。この細胞の塊をバイオ3Dプリンターにかけ、目的とする臓器や組織の形状に合わせて剣山のように並べられた針に、刺して積み上げていきます。近くにある細胞同士は融合する性質があるため、数日経つと細胞の塊同士がくっつき、針を抜いても立体形状が維持されますし、針の穴も自然と塞がります。さらに一定期間培養して強度を高め、細胞だけで作られた組織を完成させます。
剣山メソッドの仕組み
Step 1
細胞を培養して増やし、直径0.5mmほどの細胞の塊を作る。
Step 2
剣山のように並べられた針に、細胞の塊を刺して積み上げ、目的とする臓器や組織の形状を作る。
Step 3
数日経つと、細胞の塊同士がくっついていく。
Step 4
針を抜き、さらに一定期間培養して強度を高めると、細胞だけで作られた組織の完成。
この技術を使って細胞から作製した管状の組織(細胞製人工血管)を、血液透析を受けている患者さんに移植する世界で初めての臨床研究が、2020年に始まりました。血液透析を受けている患者さんの中には、合成繊維や樹脂でできている人工血管を腕に埋め込んでいる方がいます。血液透析では、太い針を週3回刺すことになりますが、人工素材製の人工血管は開いた針穴は塞がりません。何度も針を刺すうちに傷んでしまい、入替が必要になってしまいます。他にも、詰まりやすい、万一細菌感染が生じてしまうと治りにくく摘出が必要になる、という点があります。細胞製人工血管であれば、針穴が塞がることが動物実験で確認されており、既存の人工血管の課題を解決することが期待されています。
「剣山メソッド」で作られた細胞製人工血管
細胞製人工血管は皮膚の細胞から作られています。これを腕の血管につなぐと、患者さん自身の血管の細胞が周囲からやってきて人工血管を覆い、血管の自己修復を助ける役割を果たします。
現在、ヒトへの移植の研究は、血管のほか、末梢神経についても実施されています。また、軟骨、食道、気管、膀胱、肝臓、心臓など、剣山メソッドを使って作られたさまざまな臓器・組織の動物実験が行われています。今後、ヒトでの研究に進むことが期待されます。
一方、ヒトへの臓器や組織の移植が実用化されるまでには、まだ課題も多くあります。まず、コストの問題です。細胞だけで組織を作ろうとすると、どうしても高額になります。現在臨床研究で使用されている細胞製人工血管も、大量生産が可能な合成繊維や樹脂製の人工血管と比較すると、どうしてもコスト面では及びません。作製の各工程でコストを抑える努力をしながら開発を進めることになります。
バイオプリンティングの今後の展望
コストのほか、移植手術の技術や移植後のリハビリの手法など、臓器・組織の作製以外の部分にも課題があります。動物実験が成功したとしても、ヒトでの実用化までには複数のハードルが残っています。
近年では、臓器を作る技術から派生して、培養肉を作る研究も進んでいます。これまでに作られてきたのはミンチ状の肉やハンバーグでしたが、剣山メソッドでは弾力性のある組織が作製できているため、もっと歯ごたえのある肉を作ることも可能でしょう。バイオプリンティングの技術は、少しずつ身近なものになりつつあります。
再生医療における最終目標は、「ドナーから提供される臓器の代わりに使える臓器の作製」です。ドナーから提供される臓器は慢性的に不足しています。今後、バイオプリンティングの技術によって移植可能な臓器が作れるようになれば、より多くの患者さんを救えるようになることが期待されます。
監修者プロフィール
中山 功一先生(佐賀大学医学部附属再生医学研究センター センター長/教授)
【中山功一(なかやま こういち)先生プロフィール】
佐賀大学医学部附属再生医学研究センター センター長/教授
1997年九州大学医学部卒業後、同大学整形外科に入局。九州大学病院、国立病院機構九州医療センターなどで整形外科医として勤務した後、2001年九州大学臨床大学院(当時)に進学、軟骨の再生医療に取り組む。2009年佐賀大学大学院工学系研究科教授、2015年佐賀大学医学部臓器再生医工学講座教授。2019年より同大学医学部附属再生医学研究センター センター長を兼務。